化け物が忍び寄ってくる。
 それは、ゆっくりとだったり、突然だったり。
 飲み込まれるか、逃げるか。戦うなんて選択肢はない。
 ましてや、誰かに助けてもらうなんて――

 このセカイには、今、彼女と彼だけだから。





  Anguish





「逃げるよ!!!!」

 そう叫んで、彼は彼女の腕を引っ張っると駆け出した。

 ――逃げる? どこに?
 どこにも逃げ場なんて、もうきっとないのに。

 大きな化け物が、後ろから、ずず……と、にじり寄ってくる。
 確かにこの速度なら逃げ切れるかもしれない。

 ――本当に?

 地面が揺れ、目の前にまた新たな化け物が立ち塞がった。

「やっぱり……無理だよ…………」

 彼女が彼の手を振り解いた。そして、その場に蹲る。

「無理だよ。無理なんだよ」
「無理じゃないよ」
「無理だよ」

 そんな押し問答を続ける。
 そうしている間にも、化け物はゆっくりと彼女達を飲み込もうとしている。

「じゃあ、どうするの?」
 彼は彼女に尋ねた。
「逃げないの? なら、戦うの?」

 はっと目を見開いて、顔を上げる。

「……飲み込まれるの? このまま」
 彼が冷たく言い放つ。
「それでも、勝手にすれば、いいけど」

 彼女の瞳は見開かれたまま、彼を捉え、ぽろぽろと涙を零した。

「誰も、助けてはくれないの」
「――うん」
 彼女の言葉に、彼は頷く。

「どうしたらいいのか、わからないの」
「『助けて』って、誰かに言ってみたら?」
「無理だよ」
「無理じゃないよ」
「もう、ここには、私たちしかいないよ」
 崩壊していくセカイには、彼女と彼と、そして化け物だけもういないんだ。

「そんなことないよ」

 彼は言った。
「だって、君が手を伸ばさないから、このセカイはこんなにも恐ろしいものになっているだけだから」

 彼の背後から、先ほどの化け物が伸びてくる。彼と彼女を覆うように少しずつ広がって、影が落ちる。

「本当は、こうやって逃げても、仕方のないことだったんだよね」
 そう言ったのは、どちらだろうか?
「どこまで行ってもどこまで行っても、こんなセカイが続いていて、こうやって化け物に飲み込まれそうになるだけだから」
「苦しんで飲み込まれるくらいならさ、逃げた方がいいかと思ったんだ」
「でも、結局追い込まれて、追い詰められて。最終的にはどうにも動けなくなるんだ」
「だから、逃げてもどうしようもない」
「飲み込まれるしかない」
「そんなことない」
 彼が手を伸ばす。彼女もそれに応えるように手を伸ばす。

「叫んでみればいい」

 化け物が彼と彼女を飲み込む。

 その、一瞬前に。


「助けて!!!!!!!!」





「大丈夫?」

 それは、彼女(彼)を心配する声。
「……寝てた?」
「寝てたよ」
 顔を覗き込み、小さく微笑んでくる。
「なにか、俺が力になれることは?」
「え?」
「『助けて』って、今言ってたじゃん」
 そう言って、彼女の頬に伝う涙を拭った。

「――うん。うん……あのね…………」




 改行? の位置に迷う。いや、全然行空けなくても良かったんだけどさ。
 彼女の精神世界のお話です。
 完全に説明してしまうと、化け物=悩み。彼女の脳内(夢)でのお話。彼は彼女自身で、誰かに助けてほしいって気持ちが生んだものみたいな。
 いつもふわっと曖昧に書いてるカテゴリだから、別に説明しなくても良かったのですが、たまには説明してみる。
 なんか久々(?)にこういうの書きたくなった。


――――2014/12/22 川柳えむ