エンタメクラブ   Act.4:逃亡者

 4階をすっ飛ばして5階。書道室や美術室、音楽室なんかがある廊下へと出た。
 閉まっている書道室を通り過ぎ、美術室の前へ。
 ――あー……美術室か。美術部がいるかな? 実は、私、中学時代は美術部だったんだよね。当時の知っている部活メンバーが入っていれば隠れさせてもらえるかも……。いるかもわからないけどね。
 少し美術室前でうろうろしていると、美術室から1人の女子生徒が出てきて、水道場のほうへと歩いていった。手には絵の具のバケツをぶら下げている。なんとなくそれを見ていると、その子とすれ違い様に目が合った。
 彼女は一瞬、私を冷たい目で見たが、興味なさそうにまた前を向き、まっすぐ歩いていく。
 ――あれ? この人……。
 少しの間ぼーっとしていたが、はっと思い出した。
 ――そうだ! クラスメートの『華藤 季(かとう とし)』さんだ!
 人のことは言えないが、クラスでも大人しい目立たない感じの子。そうか、美術部なんだ。でも、それよりも、今の彼女は普段クラスで見かけるよりも――なんだろう、違和感を覚えた。そう。雰囲気が違う感じ……。
 ――でも、華藤さんが美術部なら……隠れさせてもらえないかな?
 そんなことを一瞬考えてみたけれど、だめか。「鬼ごっこをしているから隠れさせてください」だなんて、まだそんなに仲良くもないクラスメートに言えるわけがない。
 いや、素直に言わなくてもいいんだろうけど、でも、なんて声を掛ければいいのか……。いろいろ悩んでしまう。考え過ぎ?
 あれこれ考えているうちに、用事が終わったのか、華藤さんはまた美術室へと入っていった。
 けっきょく、話しかけることもできなかった……。
 小さく溜め息を吐き、私はとぼとぼとその部屋の前を後にした。
 その先の音楽室からは賑やかな音が聴こえてきた。様々な楽器の音色が混じって、見事な旋律を奏でている。さらに、後から音楽に乗せた声が響いてくる。目を閉じて、少しだけ聴き惚れていた。
 吹奏楽部と合唱部の見事なコラボレーション。これは、邪魔をしてはいけないな。
 ゆっくりと音楽室を後にして、開いていそうな教室を探しつつ、また別の特別教室のある廊下へ。やって来たのは先ほど葉山に捕まりそうになった場所だ。
 ――あ、そうだ。さっきは図書館に隠れようと思ってたんだった。
 ふと思い出して、私は今度こそ図書館へと入った。
 背の高い大きな本棚がいくつも並ぶ。難しそうな分厚い本が並ぶ本棚を目の前にすると、なかなか圧倒される。そんな本棚をいくつかすり抜けて、奥へ奥へと進んでいく。
 目指すは1番奥の棚の隅っこ。逆にわかりやすいかな?
 その奥をひょいと覗いてみると、そこにはすでに先客――茜さんがいた。考えることは皆同じか……。
「また会ったねぇ……」
「え、笑ちゃん、もう鬼だったりします?」
 茜さんの問いに首を振る。
「んーん、まだだけど。私もここに隠れようかと思って来たんだけども……」
「あぁ、取っちゃってごめん」
「いいよいいよ。また別の場所探すさ。一緒にいて同時に捕まっても嫌だし」
 ――捕まることを前提にしたくはないけど。
 私は茜さんに手を振ると、図書館を出て行くのだった。

 ――そんなこんなで――
「もういいや、ここで……」
 悩みに悩んだ挙句。
 また自分の教室へやって来て、ベランダへと出た。教室にはさっきも見たクラスメートが何人かまだ残っていて、やっぱり「なんだ?」という目で見られたけど、気にしない。
 ――逃げるのに疲れたともゆー。
 でも、べつに考えがないわけじゃない。
 森は1度この教室を探している。だから、わざわざまたここに探しには来ないんじゃないかという、裏を読んだ作戦です!
「あー! 走り疲れた……」
 ベランダの手すりに突っ伏す。グラウンドが見えるこの教室は眺めがなかなか良い。顔は自分の腕の中へと埋めたが、耳にはサッカー部やテニス部、その他運動部の元気な声が届いてくる。それが心地良い。
 さぁっと、少し暖かい風が髪を撫でていった。
 ――なんだか、疲れたな……。少しだけ眠い。
 …………あれ?
 なんで鬼ごっこなんてしてたんだっけ……?
 でも、なんだか……なんだか、なぁ。……楽しいなぁ…………。
 いつぶりだろう。子供に戻ったみたい。みんなで、こうやって、騒いで……。ずっと、こうしていられたら――

 ――…………。

「木谷」
「森?」
 森に名前を呼ばれた。反射的に返事をする。
 森のほうを向くと、彼は私をじっと見つめながら言った。
「俺、やっぱつまんねーからこの部活辞めるわ」
 あっさりと、そう言った。
 私は一瞬、頭の中が真っ白になった。
 ――なんで? 私、森がいるから頑張れると思ったのに。森がいるからこの部活の部長をやってもいいと思えたのに。
「森――!」
 引き止めようと腕を伸ばす。
 その手は届かず、空を切る。そのまま森は続けた。
「読書ってなんだよ? 俺、もっとみんなで楽しいことでもやるのかと思った。楽しいことってなんだろうな。わかんねーよ」
「わからないから、辞めちゃうの……?」
 おもわず泣きそうになったが、それを必死に堪えて尋ねた。
 森は冷たい視線を私に投げかける。
 ――そうか。森にとって、こんなんじゃつまらないんだ。だめなんだ。
 私は視線を落とす。
 堪えていたものが溢れ出して、視界が歪んだ。