エンタメクラブ   Act.4:逃亡者

「早くもあと2人ーっ! あと、誰を入れる!?」
 すでに放課後。1年E組の教室には、ほかの部があるメンバー以外――私と森、そして茜さん、サッカー部がお休みの松とバドミントン部がお休みのあすちゃん、ついでに宵ちゃんが残っていた。つまり、葉山以外の部活メンバーだね。
「なに。いつの間に話が進んでんの? あたし、まったく聞いてないんだけど」
 宵ちゃんは不機嫌そうだ。私は苦笑いをして、
「だ、だって。宵ちゃん、昨日なんかすぐ帰っちゃったじゃん」
「そりゃ見たい番組があったんだから仕方ないでしょ」
 悪びれた様子もなく、あっさりそう答える宵ちゃん。
「まぁ、その間にいろいろあって、茜さんが入部して、ほかに4人の新メンバーを入れなくちゃいけなくなったの。で、今朝、草薙 松と、このあすちゃんが入部してくれたと」
「あ、よろしく」
 宵ちゃんに頭を下げるあすちゃん。宵ちゃんはあまり興味なさそうに「よろしく」と一言答えただけだった。
「まぁ、そんなこんなで。ほかに2人、誰か心当たりある人!?」
 元気良く、腕を上げて訊いてみる――が、誰も反応ナシ。空元気ですが、切ない。
 悲しくなって、窓から外を眺めていると、
「あ、あの」あすちゃんが片手を小さく上げて、「もしかしたら、いるかも」
「おぉぉぉぉ!? 誰!?」
 おもわずみんなしてテンションが上がる。
「それは――」
 そうして、あすちゃんに言われるまま、やって来たのは体育館。
 そこではバスケットボール部、バレーボール部などが練習を行っていた。
 しばらくぼーっと眺めていると、バスケットボール部が休憩に入った。その隙に、あすちゃんが1人の部員に話しかける。――誰?
「高木?」
 森が名を呼ぶ。『高木』っていうの、あの人?
 あすちゃんとその人は少し話してから、こっちへとやって来た。
「バスケ部の『高木 緑(たかぎ みどり)』君。入ってくれるみたいよ」
「おう。よろしく」
 とても背の高い彼はその細長い腕を上げて、そう挨拶した。
「ねぇ、誰?」
 こそっと森に耳打ちをして尋ねる。森も小さな声で返事をした。
「バスケ部のヤツに聞いたことあるな、めちゃくちゃ背が高ぇって。たしかK組の生徒だよ。兄が生徒会長だとか?」
「つか、いつの間に飛鳥と仲良くなったんだよっ!」
 いつの間にか松も会話に混ざってきて、不機嫌そうに言った。
 ――たしかに、ほかのクラスの生徒なんて、とくに接点ないんじゃ。いつの間に仲良くなったんだろう。部活が同じ体育館だからかなぁ? それにしても、なぜこの人……。
「ふーん……。まぁいいんじゃない? これであと1人じゃん」
 珍しく(?)肯定する宵ちゃん。
 こうあっさり入部してくれたり、いろいろと気になる部分はあるけれども。
「うん、そうだね。これであと1人!」
 ――着ぐるみ理事長が期限は1週間とか言ってたけど……こりゃぁ1週間もいらないんじゃないの!?
 逆に、スムーズに行き過ぎて怖い気もするけれど、そんなのは考えないことにしよう。
 私達は高木君に部活の詳細(詳細ってほどのものもないけど)を伝え、お礼を言ってから、体育館を後にした。
 1度教室に戻ってから、今度は部室へと移動する。廊下を歩きながら、
「あと1人かぁー。けっこう簡単に見つかって助かったよ」
「あすちゃん、ありがとう」
 私と茜さんで口々にお礼を言う。あすちゃんはテレながら、
「そんなことないよー。それにしても、あと1人はどうするの? 誰かいる?」
 その話題になった瞬間、沈黙する面々。
「あ、あの……。もうこのさい誰でもいいんじゃない? ね!」
 あすちゃんもけっこう適当なことを言う。
「誰でもって言ってもー! 難しいよ〜」
「しょーがねーな。俺が探してきてやろーか?」
 そんなことを言っていたら、松がそう言ってくれた。――さすがクラスの人気者! 人脈もあるんだなぁ。
「お。助かったな」
「それじゃあ、松にお願いしようかな〜」
 そんな話をしていると、階段に差し掛かった。ちょうどそこへ、1人の女子生徒が降りてきた。
「あ」
 おもわず声を漏らす。それは、昨日もすれ違った華藤さんだった。
「華藤さん……」
 彼女は名前を呼ばれたことに気付いて、私を見る。
「……なんですか? えっと……」
「あ、えっと、クラスメートの木谷 笑だよ!」
「あ、すいません……」
 思いがけず、声を掛けた状態になってしまった。自己紹介までしちゃったし。
 ――あ、そうだ。もうこのさい――!
「華藤さん、うちの部入らない!?」
「え??」
「えぇぇ!?」
 華藤さんよりも、周りのみんなのほうが驚いていた。
「ちょっ……。とつぜん、なに言ってんだおまえ!?」
 森が驚いた表情で私を見る。松も、
「つーか、おめぇ、名前すら覚えられてなかった相手を誘うか!? なんで!? 俺が探してくるって言ったばっかだし!」
 ――うん、なんでだろう……。
 いや、違うんだ。なんとなく話さなきゃいけないと思っただけだったんだ。
「え、えっと……」
 華藤さんは困惑顔。
「えっと、ごめん、その、えーっと……」かく言う私も困惑。「と、とりあえず、その、部活メンバー集めてるんだけど、入ってくれると嬉しいかなって」
 彼女は私を見ると、その困った表情のまま、
「えっと、私、美術部入ってるので……」
 ――あー、うん。知ってた。
 私は苦笑いを浮かべると、
「あ、そ、そうだよね。そうか……」
 なんとなく気まずくなり、沈黙が訪れた。
 それを、華藤さんが破る。
「あ、じゃあ、私、教室に忘れ物を取りに行くところだったので……」
「あ、うん。なんかごめんね」
「いえ……」
 彼女は軽くお辞儀をすると、私の横をすり抜け教室へ向かう――ところだったが、私のすぐ後ろにいた森に見事にぶつかった。
「うわ!」
「きゃ……!」
 カシャン……!
 なにかが落ちた音がした。
「大丈夫!?」
 慌てて振り向くと、華藤さんはその場に蹲っていた。
「あ、大丈夫か!?」
 森がしゃがんで華藤さんの顔を覗き込む。
 彼女の足元に転がっていたのは、さっきまで彼女の掛けていたメガネだった。ぶつかったときに落としたのはこれのようだ。彼女はそれを拾い上げると、すっくと立ち上がった。
「……大丈夫」
 そう一言だけ告げる。
 その言葉を聞き、森もゆっくり立ち上がった。「なんか悪かったなぁ」
 しかし、彼女は身動きせず、そのまましばらく下を向いていた。打ち所でも悪かったのか、心配になる。
「本当に大丈夫?」
 彼女の肩を掴んだそのとき。
「……ふふ。面白そうじゃん」
 ――ん? 聞き間違いだろうか……。
 華藤さんがなにかつぶやいたような気が……。
 彼女は顔を上げると、なにが起きたのか、とつぜん大きな声で笑い出した!
「あははははー! とつぜんなに!? 部活ぅ!? いいよ、入ってもいいよぉ!」
「え? え? えぇ??」
 みんなが驚きと困惑の入り混じった表情で顔を見合わせる。
 彼女はそんなことをこれっぽっちも気にせず、楽しくてしょうがないって顔をして続ける。
「入ってもいいよぉ。ただし、私の出す条件をクリアしたらねぇ!」
 ――え、え? なに? 条件?
 そして、そのとき、私は気付いた。
 ――これだ。
 昨日、美術室前ですれ違ったときに感じた違和感を思い出す。
 ――これだったんだ。昨日見たメガネを掛けていない華藤さん!
「いいよ! 条件をクリアして、面白いの見せてよぉ!」