グローリ・ワーカ   第14章:ある占い師との約束

 食堂を後にしたマニュアは、適当に支度を済ませると、すぐさま宿を飛び出した。
 マニュアは昨晩、マリアと約束をしていた。

 マニュアが占いの館を飛び出た後、川辺まで逃げたマニュアを追ってきたマリア。励まされ元気を取り戻したマニュアに、マリアはそのままその場で占ってあげていた。
「――ほへー……。どーもありがとさんね。フムフム。そーすりゃいーのネ」
 いったいなにを占ってもらっているのかというと――恋占いだった。
 って、マニュア! これは恋愛小説ではないのだぞ! そこんとこ間違えるなよ!
「なーんーなのよっ! ……ったく」
「それより、そろそろ戻ろ。みんな心配してるだろーし」
 マリアがそう言うと、マニュアも頷き、
「うん、そだね。戻る」
「……あ! ちょっと待って、マー」
 先に行こうとしていたマニュアを、マリアが呼び止めた。
「ん? なに?」
 マニュアが振り返る。
 マリアはにっこり微笑むと、
「マー。明日、地水晶と月水晶を持って私のところに来て」
「……え!? な、なんでそのこと……!?」
 マリアが知るはずもないアイテムの話が出て、マニュアはとても動揺していた。
 ――しかし、月水晶はなにか皆さんにもわかるであろうが、地水晶とはいったいなんだろう。マニュアはわかっているのだろうか。
 マニュアがじっとマリアを見る。そして、彼女がその手に持った水晶を見てマニュアの脳裏に閃光が走る。
「ま、まさかして、その水晶は……? もしや、どっちかじゃ!? ねぇ、絶対そーでしょ!?」
 いったいなんの話なのだろうか。今、2人だけにしか通じない会話が始まっていた。
 マリアは、マニュアの問いには答えず、ただニコッと笑ってみせた。そして、言った。
「絶対来てね、マニュア。世界の未来のために――」
「えっ!?」
「さぁ、行きましょ」
 その後はもうなにも言わず、2人は占いの館へとゆっくり引き返した。

「それが昨日の晩。持ってきましたよ、ホラ!」
 マニュアは腰にぶら下げたシザーバッグから2つの水晶を取り出した。1つはヤンの月水晶。そして、もう1つは――以前、未来の記憶を見た夢の中で持っていたあの青いボールだった。これこそが地水晶なのだった。地水晶は昔、父が魔王城の宝物庫の隅にしまっていた。それを、マニュアが父と仲違いをして城を抜け出すよりも前に盗みだしたのだ。そのころのマニュア盗んだ理由は、綺麗だったから。ただそれだけだった。
「私たちの棲むこの星の状態を示す『地水晶』に、その衛星である月の状態を示し、月と同じ魔力を持つ『月水晶』。……そして、今、私の目の前にあるこの水晶――」
 マリアは、テーブルの上の小さな座布団の上に置かれた、いつも占いに使っている水晶を見つめながら続けた。
「すべての星と同等の魔力を持つ『星水晶』」
「星水晶!?」
「そう。総じて『空水晶』と呼ばれる特別な水晶には4つの種類があります。そのうちの3つがこの地水晶、月水晶、星水晶なのです。そして残りの1つは『陽水晶』という太陽からの絶大な力を持つ水晶です」
「えー、えーと……?」
 マニュアは混乱している!
 マリアはわざとらしく咳払いをすると、続けた。
「空水晶は1000年に1度しかないといわれる『地守月』の出る夜しか生まれません。その影響もあるのか、空水晶の4種類すべてを集めると奇跡が起こるといわれています」
「き、奇跡? どんな?」
 マニュアは尋ねるが、マリアは首を捻ると、
「うーん……。私もそこまではよく知らないけど……。でも、なにかが起こります。そして、それがあなた方にとって良いことだということだけは感じます」
「ふーん……」
 実はこの水晶にそこまでの力があることを知らなかったマニュア。いまいち実感が湧かない。
 地水晶を手に取って中を覗き込んでみた。青い水晶の中心が黒くなって渦巻いていた。
「…………。だから、集めてください。この星水晶は預けます。そして、必ず魔王を……」
 マリアの言葉に、マニュアははっとした。
(いったいこの人はどこまで知っているんだろう)
 とそう思った。そして、マリアの言葉にこめられた思いを感じながら、力強く頷いた。
「応援しています。……そして、重要なことなのですが――地守月は明後日です」
「……なぁ……っ!? あ、あさっ……てぇっっ!?」
「……ハイ」
 地守月とは、先ほどマリアが言ったとおり、1000年に1度しか見られない月の状態。いったいどんなものなのかというと、太陽の光が月の周りを漂っている魔力の結晶に反射し、月が二つあるように見えるというものだ。その現象が起こると、月から降り注ぐ魔力が増加し、人間も魔族も、自然の力でさえも、すべての力が強力になる。もちろん、魔物なんかの力も――。
 なぜ地守月と呼ばれるようになったのかというと、大地や自然の力も強くなるということと、そして遥か昔の話、人間と魔物がうまく共存していた時期があった。そんな時、地守月が起こった。魔物はその驚異的な力を持って人間を――手伝った! 人間を守るように、魔物が行動をした。それが、地を守る月の名の由来だ。さらにいえば、その名が付いた日がたまたま『地守 月』さんという有名な作家の誕生日ということから――
「それは嘘をつけぇ――――いっっ!!!!」
 だぁ! な、なんだよマニュア! せっかく素敵な理由だと思いながら打ち込んでいたのに……!
「どこが素敵なんでしょーねぇ!?」
 マリアまで……。そんな、す・べ・て☆ だよ!
「……うふふ」
 ま、まりあちゃん……。その手に持ったトゲトゲのついた鈍器はなにかしら……?
「マ、マリアちゃん……」
 お、おおぅ……。マニュアまでもが引いている!
 マリアは深く溜め息を付いて鈍器を置くと、マニュアに向かって言った。
「マー……。この作者を黙らせる沈黙の呪法とかないの……?」
「え? うーん……。――って、ちょっと待って。あれ? じ、『呪法』って……」
 マニュアは動揺した。自分が魔族だということを伝えていないのに、どうして『呪法』が使えることを知っているんだ!? そんなふうに思いながらマリアを見つめた。
 マリアは軽くウィンクをすると、
「私だって占い師よ。 それくらいのことはわかるの」
「あ……そーいやそーだったねぇ。っていうか、そーゆーもんなのか……?」
「そーいやそーだったって……なにその言い方は? 忘れてたみたいな……」
 マリアが声のトーンを落として言うと、
「てへ☆ 忘れてたりして!」
 マリアは再び鈍器を構えた。
「うわぁ! じょーだんじょーだん!」
「あ、あのねぇ〜……」
 真面目な話をしていたはずなのに、いつの間にか脱線している2人だった。
「って、元はといえば誰のせいだと思ってるんだー!?」
 マニュアのツッコミ。
 え? さぁ? 誰だったかなぁ。
「おまえだろが――――――――ッ!!!!」
 そうぎゃーぎゃーと喚いていると、奥の部屋からマリーナが出てきた。手には本を抱えている。
「……あ、マリーナちゃん。おはよう」
「あ、マーさんおはよう」
「マリーナちゃん、どこか行くの?」
「マリアちゃん。私、ちょっと図書館行ってくるね」
「図書館かぁ……」
 マリーナの言葉を聞いて、マリアは少し考えた後、言った。
「よし! マー、今から一緒に図書館行こう!?」
「え、い、いきなりぃ!?」