グローリ・ワーカ   第18章:もう迷わない

「え!?」
「ちょ……いきなりどうした!?」
 シリアのとつぜんの豹変ぶりに驚くみんな。
 シリアは叫ぶ。
「私が……! お姉ちゃんを裏切った……! でも――お姉ちゃんも私を裏切った……! 誰が悪いの!? 私が悪かったの? お姉ちゃんに戻ってきてほしかっただけなのに……!」
 自然と涙が溢れてくる。シリアは泣きながら叫んでいた。
 みんながあっけに取られている間に、シリアはそのまま広間を飛び出した。
「シリア様!」
 後ろで彼女を呼び止める声が聞こえた気がした。しかし、すべてを振り払って廊下を走った。
 ドンッ!
 途中で、なにかとぶつかった。おもいきり体勢を崩し、しりもちをつく。
「いった……! 誰!? ちゃんと前を見て――」
「シリア?」
 聞き覚えのある声がシリアの名を呼ぶ。
 そう、目の前にいたのは――、
「ティル!?」
 驚いてその名前を呼んだ。
 ティルは特にケガもなく、シリアを覗き込んでいた。
「なんでここに……っ!?」
「えーっとぉ…………」
 その問いに、ティルはゆっくりと答え始めた。
 以下、ティルの回想。

(体が痛い――……。私、どうしたんだっけ……?)
 ティルは体の痛みに目が覚めた。しかし、まだ頭はぼんやりしている。
 ――あれ? 身動きが取れない……。というか、後ろ手に縛られて誰かに担がれているみたいだ。
 薄目を開けて周囲を見た。
 見覚えがある場所だった。前に1度だけ連れてこられたここは――地下牢だ。
 ふと、誰かがなにかをぼそぼそ呟いているのが聞こえた。
「はー……トンヌラも人使いが荒いですね。このトリヤス様を顎で使う真似をするとは……。いくら四天王の中でもリーダー的な立場だからといって許せませんよ!」
(えーと……? なんかわかんないけど、トリヤスって名前なのかなぁ? ていうか、喋ってるのって私を担いでる人? この人がトリヤス? ていうか、トリヤスって名前、なんとなく聞き覚えが……)
「さて。牢に閉じ込めて早く戻らないと。またトンヌラに小言を言われてしまいます」
 そう言うと、トリヤスはティルを掴んで――、
「!?」
 ドサッ!
 ――牢屋に投げ込んだ。
(――……っ!! いったぁ〜……!)
 涙目になるティル。
 トリヤスはそのまま地下牢を出て行った。
「うぅ……。と、とにかく。ここを出ないとぉ……」
 手は縛られたまま、ティルは四苦八苦しながらもなんとか起き上がった。そのままの体勢でここから脱出する方法を考える。
(うーん……。まずはこの縛られてるのをどうにかしないとぉ……。魔物呼び出せればいいんだけど、私の魔法って魔法陣描かないとだしぃ……)
 もんもんもん……と悩む。いい案は浮かばない。
 もうティルは居直って、
「えぇーい! 悩んでてもしょうがないもんね! 魔物呼び出してみよぉー!」
 魔法陣を描ける体勢ではない……なら、ここは仕方ない。今まで魔法陣を描かずに呼び出したことなどないが物は試しだ! このままの状態で魔物を呼び出してみようじゃないか!
 心を落ち着かせ、魔物を召還する呪文を、ゆっくりと、しかし確実に唱えていく。
 するとどうだろう。彼女の目の前に魔法陣が勝手に描かれ始めたのだ。
(うわわ! す、すごい……! ハッ! 集中集中……)
 一瞬集中が途切れたが、すぐさま我に返って唱え続ける。
「――……ウィシュプーシュ!」
 最後に魔物の名前を呼ぶと、魔法陣が消え、代わりにそこには1匹の魔物が現れていた。
「やったぁ! できたぁ!」
 おもわずはしゃぐ。が、見張りがいたことに気付いて慌てて口をつぐんだ。
 幸いにも見張りはこちらの様子などまったく気にしていないようだった。
(でも、私すごぉい! ……って、今までももしかしたら自分で魔法陣描く必要なかった……!?)
 今になって気付く衝撃の事実。
 が、すぐさま思い直して、
「ま、いっか」
 と一言明るく呟いたのだった。
 呼び出されたウィシュプーシュという名前の魔物は首を傾げながらティルの命令を待っている。
「あ、出てきてくれてありがとーねぇ。で、悪いんだけど、この手の縄、噛み千切ってくれないかなぁ……?」
「アー」
 ウィシュプーシュは返事をすると、さっそくティルの手を絡める縄をその長い前歯で噛み始めた。
「――さて、解けたわけだけど」
 少しして、ティルは縄から逃れ自由の身となった。
 とはいっても、まだまだ捕らえられた鳥かごの中ではあるが。
「うーん。まずこの牢屋から出ないとねぇー……」
 そう言って鉄格子に近付く。
 両手で格子を掴み、深くため息をついた。そのまま体を鉄格子に預け――、
「――え?」
 グラッ。
「ちょ、ちょ、ちょっ……!」
 ガッシャーン!!
 ――なんと、ティルが寄りかかったところ、鉄格子はそのまま開き、彼女は前のめりに倒れることになってしまった。――つまり、扉の鍵は始めから閉まっていなかったのだ。
「なんだ!?」
 その様子に見張りが慌てて飛んでくる。
「どどどどどどうしようっ!?」
 ティルもとつぜんのことにあたふたしている。
 見張りは彼女の姿を確認すると、
「脱走だーっ!」
 そう大きな声を上げて襲いかかってきた。
「いやぁぁぁぁーっ!!」
「アーッ!!」
 ガブゥッ!
 先ほど呼び出したウィシュプーシュが見張りの足に噛み付いた!
「ギャ――――ッ!!!!」
「! ウィシュプーシュ!」
 ウィシュプーシュは必死に見張りを攻撃している。
 そして、くるっとティルを振り返ると、
(ここは任せておけ……!)
 というような表情で彼女を見た。
「そ、そんな! ウィシュプーシュを1匹で置いていけないよぉ!」
 ティルが叫ぶ。
 ウィシュプーシュは少し寂しそうな、しかし決意した表情で彼女を見る。
(いいんだ……。俺は昔あなたに助けてもらったことがある。それを今こそ返したいんだ!)
 その表情に、あることに気付く。
「そ、そうだ! なんだか見覚えあるなぁと思ったら。あなたはあのときの迷子になっていた……!(第1章参照)」
 ウィシュプーシュは頷いた。
(あぁ……。あのときのこと、感謝している。さぁ! 早くここから逃げるんだ!)
「ウィシュプーシュ!」
(早く! ……また、いつか会おう)
 ウィシュプーシュは再びティルに背中を向け、見張りに立ち向かっていった。
 この思いを無駄にしてはいけない。
 ティルはもうウィシュプーシュを振り返ることなく、その場から駆け出した。

「――というわけで、牢屋から逃げてきたのぉ」
「…………え? これ、ツッコんでいいんだよね?」
 ティルの脱獄劇に困惑気味のシリア。
「うん?」
「それにしても――あの馬鹿……! トンヌラが怒る姿が容易に浮かぶわね」
 トリヤスが牢の鍵をかけ忘れていたことを考え、ため息しか出ないのだった。トリヤスってばドジっ子だね☆
「でも、城の中ぜんぜんわかんないし、なんとかシリアに会えてよかったぁ。ねーねー、みんなはどこに――」
「――ま……ちょうどいいわ。ついてきて!」
 考え直して、シリアはまだ質問の途中であるティルの腕を掴むとそのまま走り出した。
「え? ちょっと……どこ行くのぉー!?」