グローリ・ワーカ   第21章:思い出を胸に

(おまえは本当に私を倒す理由などないだろう)
「たしかにねーけど……」
 ニールが答える。
(あの娘に巻き込まれただけだろう? 大変だな)
「あぁ……」
 なぜか魔王に労わられるニールだった。
(もうあの娘など放って人間界へ帰るといい)
「いや、そーゆーわけにも……」
 魔王の言葉をやんわり断る。
(――しかし、さもないと)
「ん?」
(大切なものを失うぞ)
「な、ニール」
「え?」
 もう1つの声がした方へと顔を向けた。そこにいたのは、盗賊団の仲間たちだった。
「キース、ユル、シェド……! なんでここに……?」
 ここまできて初めて名前が出た盗賊団のメンバーだった。
「おまえ、ずりぃな」
 盗賊団のリーダーであるキースが言った。
「え……?」
「俺だって冒険についていきたかったのに、1人だけ」
「キースがどれだけショック受けたと思ってんだ?」
「結局、連絡もくれずにさ。おまえって白状だよな」
「ちょっと待て! 俺だって、別に――」
 ニールが慌てて抗議しようとする。しかし、
「白状者」
「……っ!」
 そう一言、ばっさりと切り捨てられてしまった。
「――許してほしいか? だったら、すぐ帰ってこいよ」
 キースが言う。
「俺たちの友情と、どっち取るんだよ!」
「――!! 俺は……!」

(半分魔族、半分人間のおまえは、どうして人間の味方をするんだ?)
 純粋な疑問も交えて、魔王はアルトに尋ねた。
「え?」
(あまえは人間であると同時に、魔族だろう。人間の味方をする理由はなんだ?)
 魔王が再び訊く。
 そんなこと、今まで訊かれたこともなかったし、考えたこともなかった。
「え? えー……? なんででしょうねぇ……?」
 あいまいに答える。
(理由などないのなら、今からでも遅くない。こちらの仲間にならないか?)
 魔王がそう持ちかける。アルトは苦笑いを浮かべ、
「いや、さすがにそれは――」
(拒否するか。おまえの親も悲しむぞ)
「へ?」
 はっ! として後ろを振り返ると、そこには彼女にとってとても懐かしい姿があった。
「…………お母……さんっ……!?」
「アルト……」
 それは、アルトの本当の母親。アルトの生まれ故郷であるルクスにいるはずで、洪水に遭って以来、離れ離れとなってしまった母親だった。
 久しぶりの母親の姿は、当たり前なのだろうが、少し老けて見えた。
「アルト、久しぶり」
「お母さん、どうしてここに!?」
 当然の質問を投げる。が、母親はそれには答えず、にこりと笑って言った。
「アルト、魔王様の言うことを聞きなさい」
「……え?」
 思いがけない言葉に、呆然と立ち尽くす。
 母は続けた。
「アルトもわかっているでしょう? お母さんは魔族。だから、魔王様の言うことは絶対なの」
 アルトの本当の母の姿はまさしく魔族のもので、それは当然アルトも知っていたことだった。しかし――。
「そんな……」
「あなたも半分魔族なのだから、魔王様の言うことを聞くんですよ。――それとも、ずっと昔に離れ離れになってしまったお母さんの言うことなんか聞けない? あれからあなたを育ててくれた母親は人間? 本当のお母さんよりも、そっちのお母さんの方が大切だって言うの?」
「育ててくれた母は人間、だけど……。そんなの関係なくて、どっちが大切かなんて、そんなの――」
 ――決められない。
 そう答える前に、本当の母が畳み掛けるように言った。
「アルト。本当のお母さんと、どっちを取るの?」
「――っ!!」

(なぜおまえは人間の味方をする?)
 突然そう訊かれ、ヤンは思わず黙りこくってしまった。
(なぜだ? おまえは人狼。獣人だろう。魔物にだって近いのだから、こちらの味方をしてもいいのではないか?)
「俺は、魔物じゃねぇ!」
 魔物に近いと言われたことにカチンときて、咄嗟に反論する。
 魔王は少し笑ってから、再び言った。
(いや、しかし。人間ではないだろう。魔物ではないといっても、人間ではないのだから、人間の味方をする必要もないではないか)
 その言葉に、ヤンは力いっぱい答えた。
「でも、俺様は勇者だからな!」
 ウザイくらいのドヤ顔。なんというか、普段のストームと同レベルだ。
「おい! ストームと一緒にすんな!」
 それはそれで失礼な話である。
(――勇者、か。伝説の勇者の子孫。しかし、それは別におまえでなくともいいとは思わないか?)
「は?」
「そうだ。別におまえじゃなくてもいい」
 声の方を振り返ると、そこには、ヤンのよく知る人物がいた。それは――、
「――ユー?」
 ヤンの双子の弟、ユー。ヤンとは長らく一緒にいた仲間ですらも見分けがつかないくらいそっくりだ。
「俺たちは、こんなに似ているのにな」
 ユーが言う。
「似ているのに――」
 ユーの様子がおかしい。顔を伏せて、少し……震えているようだ。
「ユー……?」
「似ているのに、なぜおまえなんだ。なぜおまえが旅に出たんだ。おまえが勇者である必要なんてない。俺が勇者だっていいんだ! おまえばっかり! おまえなんかより俺の方がずっと魔法が扱える! 人をまとめるのだって得意だ! おまえより、俺が勇者であるべきなんだ!」
 そう叫ぶと、突然魔法を放ってきた!
 それを間一髪で避けるヤン。
「――……ッ!」
「俺が変わってやるよ。今すぐ帰ってこい。そしたら、おまえを許してやる」
「なに言ってんだ……ユー……?」
「――そうじゃないなら。おまえなんて必要ない! だって、おまえがいなければ……俺が勇者になれる」
「なに言ってんだ、ユー! 落ち着け!」
 必死に訴えかけるが、まるでその声は届いていないようだった。ユーは再び魔法を放つ態勢を取っている。
「……ヤン――死んでしまえ!」
「ユー!!!!」

(おまえは勇者でもなんでもないだろう。なぜこんなところにいる)
「それは、成り行きかもしれないけど……。でも、ここにいるから、ボクは戦うよ!」
 スリムが魔王の声にそう答えた。
(――おまえは、必要ないな)
 魔王の声が冷たくそう響いた。
 次の瞬間、目の前に現れたのは、昔からの友達で今も仲間として一緒に戦っているはずの彼女。
「――ホワイト?」
 そう、それはマニュアだった。
「スーちゃん。なんでこんなところまでついてきたの?」
「え?」
 思いがけない質問に、尋ね返す。
「なんでって……」
「どうなっても知らないって言ったよね」
「え?」
 マニュアがスリムに向かって手を翳した。
「――死んで」
「え!? どうしたの、ホワイト!」
「正直言って、いろんな意味で邪魔だよ。勇者でもないくせに、しゃしゃり出てこないで」
 マニュアの瞳が冷たく光る。そして、次の瞬間には呪法が放たれた。
 なんとかそれを避けることができたが、休む間もなく、連続して呪法を放ってくる。
「ホワイト!?」
 驚いて、避けながらも彼女の名前を叫ぶ。
 しかし、マニュアの表情は変わらず、攻撃を続けてくるのだった。
「ホワイト――!」

(おまえは、必要ない)
 ヒナにも同様のことを魔王は言った。
「へ!?」
 驚いて声を上げるヒナ。
(まぁ、今すぐ逃げるのなら、止めはしない。命が惜しかったらさっさと帰るんだな)
「えぇっと――い、命は惜しいです……」
 少々情けないことを言うヒナ。巻き込まれたと言えばそうとも言えるかもしれないので、しょうがないのかもしれないが……。
(ならばさっさと帰れ。これ以上いるなら――)
 低い声が暗闇に響いた。思わず身震いをする。
「ヒーちゃん」
 そこへ、今度はかわいらしい声が聞こえた。
「ティー!」
 声の主――ティルの姿を確認すると、ヒナは安堵の表情を浮かべた。
「ねぇ、ヒーちゃん。帰ろう。巻き込んじゃってごめんねぇ。もう大丈夫だよ」
「うん。そうだね……」
 ティルの笑顔に、思わず頷く。――が、はっとして、
「え。でも。そうだ。魔王倒さなくていいの?」
 その質問に、ティルの表情が曇る。次の瞬間には、見たこともない恐ろしい笑みを浮かべて、
「――ヒーちゃん、バカだねぇ。そんなこと、気付かなくてよかったのに」
「え? ティ――」