グローリ・ワーカ   第21章:思い出を胸に

「帰ってこれないってか?」
 キースが何も答えないニールに向かってそう問いかけた。
「……」
 しかし、相変わらず返答はない。
「じゃあ、もう死ねよ、おまえ」
 そう言って、どこから取り出したのか、手にナイフを構えた。
「……おまえさぁ」
 その時、やっとニールが口を開いた。
「ん?」
「キースじゃねぇよ」
 予想外の言葉に、キースが声を上げる。
「は!?」
「キースは、んなこと言わねぇよ!」
 ザッ……!
 ニールがキースを攻撃した。拳が見事にヒットして、キースの幻覚は靄になって消えていった。
「ていうか、そもそもあいつらがこんなとこにいるわけねーしな」
 割と冷静なニールなのだった。

 母親が笑みを浮かべたままアルトに問う。
「さぁ、どちらを取るの? 言ってみなさい」
 その笑みがなんだか恐ろしくて、アルトは目を逸らした。しかし、脳裏に貼り付いて取れない。
「私は――」
 そして、意を決したように、彼女は顔を上げた。
「私にとっては、どっちも本当のお母さんだよ!」
「……それは、つまり、どちらの味方をするの? 魔王様に逆らうの?」
「――。魔王には、従えない。でも、お母さんのこと、大切だよ! もちろん、育ててくれたお母さんも、どっちも大切だから!」
「――卑怯な答えね、それは」
 母がばっさりと切り捨てるように言った。
 反論できず、思わず黙ってしまうアルト。
「魔王様に逆らうなら、あなたは私の子として認めない」
 母が言う。心に突き刺さるような言葉。
 しかし、アルトは苦しそうな表情を浮かべながらも、きっぱりと返した。
「お母さんが認めてくれなくても! 私はお母さんのことはずっと母親だって思ってる! 大切なお母さんだよ!!」
「……認めない」
「そう言われても。私は、絶対魔王を倒して世界を平和にする。そして――」
 アルトは母の手を取った。
「――全部終わったら、必ず顔見せに帰るからね。お母さんに、いっぱいお土産話持っていくから。全部聞いてね」
「……」
 頭では、それは幻覚だってもうわかっていた。けれど、伝えたかった。
「お母さん。ありがとう」
 生んでくれてありがとう。たくさんの気持ちをこめて。
「…………大きくなったね」
「え?」
 母は笑っていた。さっきとは違う、穏やかな笑顔で。
「待ってるから。ちゃんと顔出しに帰りなさいよ」
「え、う、うん! 絶対に!」
 アルトは必死に頷いた。
 母は優しく笑ったまま、静かに消えていった。

 ユーがヤンに向かって魔法を放ち続ける。
「ユー!」
 魔法を避けながら双子の弟の名前を叫ぶ。
 まるでそんなのは聞こえていないかのように、ユーは魔法を放つ。
 ヤンは避けながらも、魔法を一発撃ち終わった後の、詠唱している隙を狙ってユーに飛びかかった。
 ダンッ!!
 激しい音と共に、ユーに覆い被さるようにして倒れ込む。
「ユー!!」
 そうして、ユーはやっと詠唱を止めた。
「…………ユー。俺、本当は、少しだけわかってたんだ」
 ヤンが目を伏せながら言った。
「ユーが、俺1人旅に出たことを恨んでるんじゃないかって。……でもさ、あの町には、おまえが必要なんだよ。おまえは、本当は俺よりも魔法が得意で、でも、おまえはそんなにそれを自慢したりしなくて。ただ、みんなをフォローしてた。いざって時に、魔法で助けたりしてただろ。友達でいざこざがあっても、いつもおまえが上手くまとめてた」
 ユーはただ何も言わず、ヤンをじっと見つめている。
「――そう。だから……おまえも気付いてたと思うけど、嫉妬してたのは俺の方なんだ」
 ヤンは苦笑いを浮かべた。
「俺がいなくてもおまえさえいれば、あの町は大丈夫なんだ。だから、俺は安心して旅に出られる」
「知ってたよ」
 ユーが一言、そう言った。
 思わず目を丸くしてユーを見る。
「知ってたさ。嫉妬されてたのも、俺がいるからこそ旅に出られたのも」
「ユー……」
「双子だからな」
「双子だもんな」
 お互いそう言って、顔を見合わせて笑った。
 そして、2人立ち上がった。
「家も町も、おまえに頼んだからな」
「わかってる」
 ユーは後ろに1歩下がり背を向けた。
 そして最後にくるりとヤンの方を向くと、
「おまえも、世界のこと、頼んだからな」
 そう言って消えていった。

「ホワイト!」
 スリムは仲間の名前を叫んだ。しかし、マニュアは攻撃を止めない。
 呪法を避けながら、スリムは言った。
「どうなっても知らないって、そりゃ言われたけど……! ホワイトがどうにかするなんて言ってなかったじゃん! ていうか、ホワイトはそんなことしないでしょ!」
 放たれた呪法を避けた勢いで1歩前に踏み込み、そのままマニュアの懐に飛び込んだ。さっと腰にある剣の柄を掴む。
「あんなに魔王を倒すことに必死なホワイトが、仲間の僕を倒そうなんてしないよ!」
 鞘から剣を抜くと思い切り振り上げ、躊躇することなくそのまま振り下ろした。
 ザッ……!
 マニュアの姿があっさりと掻き消える。
「さすがに騙されないよ。いやまぁちょっとは抵抗あったけどね」
 そう言って苦笑いを浮かべながら、剣を戻した。
「――……あぁ、それに、ほら。本当のホワイトの声が聞こえてきた」

「そんなこと気付かなくてよかったのに。魔王を倒さなきゃいけないっていうなら――」
「ティー……?」
 ティルが笑っている。見たこともない怖い笑顔で。
 ヒナは思わずたじろいでしまう。
「――死ぬしかないねぇ」
 そう言ったティルの背後から、見たこともない恐ろしい姿をした魔物が次から次へと現れた。
 その魔物たちがヒナ目掛けて攻撃してくる。
「ヒッ……!! キャアアアアアア!」
 叫び声を上げながら魔法で防御する。
 次々と攻撃してくる魔物を魔法で抑えながら、ヒナは思った。
 ――あれ? なんで私、攻撃されてるの?
「……ティー!」
 ティルに向かって叫ぶ。
 その声に反応してか、ティルが顔を上げて、ヒナを見た。
「ティー! なんで、なんで私、攻撃されてるの!? てか、なんでティーが私を攻撃してるの!」
「魔王に逆らっちゃダメなんだよー」
「ティーがそんなこと言うわけないじゃん! おかしいでしょっ!! ……って、そう考えたら、これ、どう考えてもニセモノじゃん!」
 そう言って魔物を跳ね返すと、ティルに向かって杖を振り下ろした!
 すると、ティルの姿はまるで最初からなかったかのように、さぁっと消えてしまった。
「……もー! 一体なんなのさぁ! こんな簡単なの引っかからないし!」