神様の望んだセカイ   Chapter09:脱出

「今から歩いて帰るわ」
 都の言葉に、修也は驚いて彼女を見つめた。
 震災があった次の日の朝。修也の家で目覚めた彼女は、今日こそ自分の家に帰るためにそう告げた。
 壁掛け時計によると、現在の時刻は朝の8時。これならなんとか今日中には帰れるかもしれない。
「駄目だ! この状況で帰れるっていうのか? まだ余震だって収まっていない。それに、地面だってぐちゃぐちゃになっているし、危険だ! 都はしばらくここにいろ!」
 修也が強い口調で訴える。
 しかし、都は自分の家が心配だった。携帯電話は未だに圏外で、連絡を取ることなどとてもじゃないができそうにない。できることといえば、修也の家にあったラジオで町の状況を聞くくらいだった。
「修兄がそう言ってくれるのはすごくありがたいけれど、私は家に帰りたい。帰らなきゃ! 家族が心配なの!」
「だけど――」
 なおも引き止めようとする修也に、都は畳み掛けるように言う。
「それに、じゃあ京太はどうするのよ。危ないのは京太も一緒よ。京太もここへ置くっていうの?」
 その言葉に、修也の動きが止まる。当然ながら、困っているようだ。
 散々悩んだ挙句、修也は言った。
「――あー……じゃあ、京太、君も一緒、で」
 歯切れの悪い回答をする。
「そういうわけには――」
 京太はその申し出を丁重に断る。こんな複雑そうな表情をされて(当然だが)、今後もお世話になるわけにはいかない。
 しかし、修也は諦めない。
「大丈夫だから。京太君のことは気にしなくていい。大丈夫」
「俺も家族が心配ですし」
「京太君はなにも心配することはない。大丈夫だから」
「そう言われても……」
 押し問答を繰り返すばかりで、まったく話が進まない。
「いいから! お前達はそこにいるんだ!」
 修也は怒鳴りつけると、部屋の扉を閉めて行ってしまった。鍵などついていないが、さて、どうしたものか。
「ねぇ。京太。どうしましょう」
 困って、都は京太に相談する。
「そうだな……。新井はまだしも、俺はいつまでもここで世話になるわけにもいかないしなぁ」
「私だって。修兄も大切だけど、家族のところへ行きたい。やっぱり家に帰りたい!」
 しかし、修也のほうは、絶対にここを出さないと決意を固めている。
 もうこうなったら――
 都は京太に耳打ちをした。
「修兄が目を離した隙に、ここを出るわよ」
「はぁ!?」
「それしかないじゃない!」
 そうと決まれば。都は扉を開けて部屋を出ると、修也に向かって演技を始めた。
「わかった……。修兄の言うとおりにする。たしかに、危ないもんね」
「よかった。わかってくれたか!」
 安心したように笑う修也。
 それから少しの時間を過ごし、修也がトイレに向かった隙を見計らって、こっそりと彼の部屋を抜け出した。
 そうして、2人はどうにかマンションを脱出することができたのだ。
「さぁ、今からが大変よ」
「あぁ。気合入れて行くぞ」
 お互い顔を見合わせて頷く。自分達の家のある方角を睨むと、そちらへと向かって歩き始めた。

 それから何時間も何時間も2人は歩き続けた。
 日が傾いて、もうすぐ山の向こうへと消えていく。そんな頃になって、ようやく2人は自分達が住む地域へと辿り着くことができた。
 そこで待ち受けていたものは、非情な現実だった。