グローリ・ワーカ   第21章:思い出を胸に

 いざここまで来ると、少し恐ろしい気もする。
 当然、勝つ気ではいる。しかし、100%なんてものはない。
 もしも――……。
 いや、やはり、考えるのはやめておこう。ただ、前だけを向く。
 でも、ここまで来るのに、本当にいろいろあった。
 魔王を前に、その思い出が脳裏を駆け巡る。

 ――初めての戦闘――。

「こ、これが魔物……」
(できるなら会いたくなかった……)
 町の外れ、森の脇で、とうとう魔物と対峙することとなったマニュア。さて、どう出るか。
「…………あ」
 一言だけ声を上げ、突然動かなくなってしまった。どうした、マニュア!?
「あの、気付いちゃったんだけど――」
 弱々しい声で言ったそれは――。
「――私の職業ってナニ……?」

 ――仲間との出会い――。

「ホワイトさんですか……よろしくお願いします」
「あぁ、いえいえ。そんなご丁寧に」
 握手をして、マニュアはまっすぐとティルの顔を見つめた。
 眼鏡をかけている彼女は知的で、魔物を助けてあげる姿は優しくて、萌えキャラでかわいいなんて――。
「負けてる……っ!_| ̄|○」
「え、な、なにがですか!?ι」
 マニュアの突然の落胆ぶりに、慌てるティル。

「あぁ! おまえがティルか!!」
 ティルの自己紹介に、ストームは嬉しそうに飛びつく。
 はっと気付いたマニュアは体勢を立て直して叫んだ。
「ちょっと待てーぃ!! 私のことは放置か!? 『マニュア・ホワイト』! 私も13歳、吟遊詩人だぞ!」
 だが、ストームは聞いていない。
「なんか運命の出会いって感じー」
「聞けよ!!!!」

 踊り子は寂しそうに笑って、
「あ、いえ――勘違いならいいんです……。ちょっと、私も冒険者の仲間になってみたいな、なんて。あ、注文でしたね。ただいまお持ちしますね」
「な、仲間ー!?」
 仲間が増えるかも! という期待に、マニュアが言――う前に、ストームが言った。
「おぅ! 俺たち、冒険者だけど!?」
「ちょっと――ストームぅ!?」
 驚くティル。
(ストーム……面食いだな)
 マニュアは冷静にそんなことを考えていた。

「やっぱ――ニール!!!!」
 盗賊団の中にいる1人の男を見て、その名を呼んだ。
 男は驚いた表情で、
「は? え? なんで俺のこと知ってんの?」

「アルト……! あなた、アルトでしょ!? 私のこと、覚えてる……?」
「あなた、私のことをどうして……? ……もしかして……!」
 そう小さな声で呟いたかと思った次の瞬間! 少女は両手を広げ、
「アイ・ラブ・ダーリン!?」
 意味の分からない言葉を発したかと思うと、それに反応するかのようにアリスも手を広げ、
「あんた、だーりん!?」
「イエス! マイ・ラブ!!」
「「グッ!!!!」」
 最後は、2人ともお互いに親指を突き立てた。
 ――2人だけ通じる世界に、他のみんなは固まっていた……。

 そんなヤンを無視して、マニュアは自分の要求を言い放った。
「とにかく聞いて! あんた、力になるかも!?」
「は?」
「さ、ついて来い〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「おい――――――――――――――――っ!?」
 ヤンの都合などお構いなしに、マニュアはその腕を掴むと、宿まで引っ張っていってしまった。

「えぇ……? シリア、本気……? 私がなんのために旅をしてるか知ってるの?」
 マニュアがシリアに尋ねる。
「……ダメですか〜? 姉さ〜ん……!」
「うっ……!」
 シリア、目に涙を浮かべてキラキラ光線を出した。
「お姉さん!」
 キラキラキラ。
「うぅー……!」
 そして……マニュアは負けた。
「ありがとう! 姉さん! ラララ〜」
 シリアは喜びの余り、歌って踊りだした。乗りやすいタイプである。

「別にいいけど。ホワイトが魔王を倒しに旅に出たってのを噂で聞いて、自分も旅に出ようかと思ったんだし」
「ス、スーちゃん……! そういえば、いろいろあったって言ってたけど……」
「まぁ、それはちょっと――いろいろさ。とにかく、別に行ってもいーよ」
 スリムの言葉に迷うマニュア。ヒナもそれに続けるように言った。
「うん。ティーも行くんでしょ? 私も行くよー!」

 ――いろいろな人との出会い――。

「もう行っちゃうの――……?」
 旅支度を終えたマニュアに、リナが寂しそうに言う。
「うん……。本当に、いろいろとお世話になったね。ありがとう、リナちゃん!」
 リナは首を横に振った。
「そんなことないよ……。私、楽しかった。――嬉しかった。冒険者にいい人たちがいるって分かったから」

 男性も自己紹介を始めた。
「私は『メテオ・トープ』。彼女は妻の『ヘリオドール』。そしてこれが息子の『ノア』だ。ようこそ、トープ家へ」

「どちらの道も先はよく見えない。片方の道はまっすぐに伸びているけれど、道の先に続く闇はとても深そう。もう片方の道は、ごつごつとした大きな石が足元にたくさん転がっていたり、脇から伸びている草が通行を邪魔しそうだけれど、道の先の闇は少し晴れているみたい。……7人はどちらへ進むか迷っていたけれど、でも、最後に選んだ道は――」
「――選んだ道は?」
 マニュアが尋ねると、マリアは笑った。
「――この先は、あなたたちが作り上げて行く夢よ! マー!」
 そう言ってドーンとマニュアの背中を叩く。

 ――初めて魔界へ来た時――。

 気付けば、そこは荒れ果てた世界。
「……ここが、魔界……」
 上手いこと、降り立った先は魔王城が近くに見える場所だった。まっすぐと城を目指す。

 ――1度逃げたこと――。

「なっ……!? げっ! へ、兵士……!!」
 マニュアの肩・腕はがっしりと捕まれ、逃げようにも身動きは取れなかった。
 その兵士たちの手は、ティルや仲間にも伸びようとしていた。
「マーッ……!」
「マニュちゃ……」
 マニュアを呼ぶ。
 しかし、考えている間はなかった。
 一瞬躊躇したものの、みんなその場を振り返らずに走った。マニュアを置いて逃げ出したのだ。

 ――そして再び魔界へやって来たこと――。

「あの、なんかさぁ……。前のときと道が変わってませんか?」
「い、言われてみれば……なんだこりゃぁ」
「どういうことだ?」
 みんなの動揺に、マニュアは少し考えてから言った。
「これは――きっと、幻惑……」
「幻惑!?」

 ――命を賭けた戦い――。

 マニュアの体に徐々に光が集まっていく。それは彼女の体をすり抜けると、今度はいくつかの球体へと形を変えた。
「これは、なに……!?」
 シリアが驚いて誰に問うでもなく声を上げた。
「マニュア!?」
 出番のないピュウも声を上げる!
 四天王もざわめいた。これはいったいなんなのか!?
「――まさか。これは、復活の呪法……!?」

「私は、負けない! 魔族とか関係ない! 命を賭けて私を助けてくれたシリアのためにも――私は、負けられない!」
 その言葉に反応したかのように、突然暗闇が晴れ、辺りは光に包まれた。それも構わず、マニュアは叫び続けた。
「それに! 私は、ずっとみんなと一緒にいたい! みんなと、また旅をしたい! 人間とか魔族とか、そういったことは関係なくて――ただ、ただそれだけなんだ!!」
 いつの間にか、温かいものが頬を伝っていく。
「守りたいんだ……。みんなを、守りたい! 平和になった世界を、また一緒に旅したいんだ……!!」

 ――……。
 他にも、もっともっと、たくさんのいろいろなこと。辛いこともあったね。けど、楽しかった思い出もたくさんあるよ。
 そして、これからもっとたくさんの楽しい思い出を作っていくんだ。
 彼女らの本当の旅は、きっとこれから始まるのだから。
 世界が平和になったら――。その為に、今、負けられない戦いがある。