グローリ・ワーカ   第4章:人間と魔族

 ザシュッ……!!
 おもいきり目を瞑った2人の耳に、なにかを切り裂く音が届いた。
 おそるおそる目を開けると、そこには――
「お母さん……っ!!」
「ヘリオドール!!!!!!」
 2人の子供を庇ったのであろうヘリオドールが、肩から胸にかけて斜めに血を流していた。
 メテオが慌てて駆け寄る。
「ヘリオドール! ヘリオドール……!!」
「ヘリオドールさん……!」
 マニュア達も慌てて駆け寄る。
 そこへ再度魔物の爪が振り下ろされる!
 それを、マニュアが手に持っていたマイクで受け、なんとか防いだ。
「くぅっ! マイクに傷がぁ」

 その後ろでは、
「ヘリオドール……!」
 ヘリオドールは血を流したまま動かない。このままではまずいかもしれない。
 そんなとき、とつぜんアリスが踊り始めた。
「アリスちゃん……!?」
 みんな驚いてアリスを見る。
 不思議なことに、みんなの体力が少しずつ漲ってくる感じがした。
「これは――」
 しばらくアリスは踊り続け、周りの者はそれをぼうっと見ていた。

 一方。
「えい!」
「おらぁっ!!」
 ストームとニールは魔物相手に戦っていた。
 ストームは上着の内側からナイフを何本か取り出すと、それを魔物目掛けて一気に投げつける!
「剣3本一気投げ!!」
 安直な名前をつけた技で、少しずつ、だが確実に魔物に怪我を負わせていた。
 ニールも、盗賊団にいたと言うわりには力技担当なのか、魔物を殴り、魔物の体力を削っていった。

 アリスが踊り終わる。
「癒しの舞い――気休め程度ですけど、少しは楽になったと思います」
 アリスは言った。
 癒しの舞い。なにか魔力でも付加されているのであろう。その名のとおり、癒されるように体が少し楽になった。
 だが、ヘリオドールの状態が危険なことには変わりない。
「お母さん……! お母さん……っ!! ごめんなさい……!!」
 ノアが泣きながら母にしがみつく。トーンはそれを青い顔で見ていた。
 今度は、とつぜんティルがなにかを召喚した。
「セクアナ!!」
 現れたそれはヘリオドールの周囲を浮遊し始めた。すると、ヘリオドールの傷が少しずつ消えていく。
「これは――?」
 呆然と見つめるメテオ。
 マニュアは驚いた様子で言った。
「これは……セクアナ――治癒の精霊!? ティルちゃん、精霊も呼び出せたの!?」
 おもわずティルに詰め寄る。
 ティルはなにがなんだかわからない様子で、
「え、えっと、なんか……魔物と違うの?ι」
「え、えぇ!?ι」
(ティルちゃん、魔物も精霊も区別つかずに呼び出してるのか……)
 なんだか呆れてしまうマニュアだった。だが、すぐに真面目な顔になり、
(それにしても、精霊まで……。すごい魔力だな……。いや――)
「マ、マニュアちゃん。どしたの?」
 ティルがマニュアの顔を覗き込む。マニュアは驚き、慌てて、両手を左右に振る。
「あぁ、いやいや。なんでもない」
 その間に、ヘリオドールの傷はすっかり癒えていた。
『セクアナ』と呼ばれた精霊は役目が終わるとすぅっと姿を消していった。
「ヘリオドール……」
 青ざめたまま、目は覚まさないが、なんとか生きているようだ。力強い鼓動が聞こえる。
 ティルが言う。
「えっと、いちおう、傷を治してくれる――その、精霊だったの? ――呼んだから、たぶん大丈夫」
 メテオはヘリオドールをぎゅぅっと力強く抱き締めると、
「ありがとう……ございます……っ!」
 そう言って、涙を流した。
「お母さん……!!」
 ノアも母にしがみつき、今度は安堵の涙を流した。
 親子3人の間に、温かい空気が流れていた。

「和んでる場合じゃねーぞ!!」
 ストームが叫ぶ。
「どうすりゃいいんだ!?」
 ストームとニールは体に傷や痣を作りながらも、戦闘を続けていた。
 魔物も、お互いそうとう体力を消費しているようだ。
「どうすればいいか!? そりゃぁ……ヘリオドールさんをこんな目に遭わせたんだ、倒してしまえっ!!」
 マニュアが言う。
「え、でも……!」
 異議あり! と言わんばかりのティル。
 マニュアは少し考え、
「じゃあ選んでくれ! 1.ストームとニールががんばって倒す。2.アリスちゃんが踊りでなんとかする。3.ティルちゃんがどーにかする。4.誰か囮になってどっか連れてく。5.歌う。さぁどれだ!?」
「「「「とりあえず、5番以外」」」」
 満場一致。
「ナゼっっっっ!?」
 涙目のマニュアだった。
「私にいい考えがあります」
 メテオがとつぜん言った。
「いい考え?」
 メテオが頷いて言うには、
「みんな、出口まで走れますか?」
 洞窟の出口は魔物の後ろ側。ダッシュで走って切り抜けられるかどうか。
 だが、やるしかない。
 みんなは頷き、タイミングを見計らう。
「今だ!!」
 魔物が隙を見せたいっしゅん、メテオの掛け声に合わせ駆け出す。メテオもヘリオドールを抱きかかえながら走り出す。
 その後ろを魔物が追ってくるが、それよりも少し早く洞窟を抜け出した。
 洞窟の前で立ち止まって振り返り、
「ニールくん、そちら側の洞窟の天井を破壊してくれ!」
「おぅ!」
 ニールとメテオが2人がかりで洞窟の入口を壊す。
 天井が崩れ、魔物は洞窟へと閉じ込められてしまった。
「ふぅ……これでしばらくは出てこれないだろう」
「た、助かったぁ……」
 みんなはその場にしばらくへたり込んだ。なんとか、助かったんだ。
 ――そうして、夜が明ける前には町へと戻ることができた。