グローリ・ワーカ   第6章:未来の記憶

 先ほどの様子が気になって、けれど、少し恐ろしい気もして――アリスは少しだけマニュアと距離を置く。
 マニュアもこのままではいけないと、考え込む。
 他の仲間達も、うっすらと2人の様子がおかしいことに気付いてはいたが、聞いていいものかどうかも分からず…あまり気にしないようにしていた。
 ゆっくりと日が落ちる空を見て、マニュアの心は馳せていた。
(……今日は、きっと満月…。何か悪いことが起きなければいいけど…。多分、次の満月辺りには、やばいのかもしれない……。あー…いやーな予感がするなぁ……)

 そして、夜が訪れた。
 心が騒ぐ。
 力強く輝く満月に、眠れない夜を過ごしている――かと思いきや、マニュアはしっかりと眠っていた。
「くぉー……」
 そして、夢を見た。
 ――それは、遠い、昔の記憶だった……

(……ここは、どこ?私は誰?…っていうのは冗談で)
 夢の中でもボケている余裕のあるマニュア。まぁ、マニュアらしいというかなんというか……前回の、アルトのことは言えない気がする。
(やかましい!……って、あれ?あれは、私…?……あーっ!!あれは、昔の私だ!)
 ある空間に、マニュアは佇んでいた。そして、見た。もう1人のマニュアを。
 そのマニュアは、耳が尖っていて肌は浅黒く、牙も見えている。――そう。コープスの町外れで出会ったあの一家のように、彼女は魔族の姿そのものをしていた。
 更に、今のマニュアよりも…少し、背が高いように見える。つまり、今よりも成長しているということであろう。それなのに、何故『昔の』マニュアなのだろうか?
 そのマニュアは手に青いボールのようなものを持っていた。
 立っている世界の空は、黒い雲に覆われていた――いや、真っ黒だった。まるで闇の世界のようだ…
(覚えてる……。この後、私は、このボールの色が黒く変わるのを見るんだ…)
 マニュアの思ったとおり、ボールの色は黒に変わっていった。
(…そして、辺りを見回すんだ。そこで、ティルちゃんとアルトちゃんを見つける……)
 その後も思ったとおりだった。
 もう1人のマニュアは辺りを見回し、ティルとアルトを見つけると、2人の元へと駆け寄った。
「ティルちゃん……世界は…………」
 魔物の頭を撫でていたティルは、そう問いかけたマニュアの言葉を遮るように言った。
「人間界は。……滅んで、魔界になっちゃったよ…。そう。ここなら、ずっと魔物と一緒……」
 そう言うティルを見ていられないのか、アルトの方に向いた。
「アルトちゃん…!」
「おめでとう。…明日は、結婚式なんだってね。…魔王と一緒に――」
(――『人間界を滅ぼし、そして、君は一人前の魔女になれるんだ』)
 マニュアはその先の言葉を頭の中で呟いていた。もう、分かっていたからだ。
 そのアルトの言葉に、もう1人のマニュアはゆっくりと頷いた。
(…………これは、未来。この先の未来。…未来を、変えなきゃ……!)
 マニュアは思い出していた。これは『未来』の記憶だと。
 真っ暗な世界を見つめた。空だけじゃない。この世界の何もかも全てが闇に覆われていた。
(……人々が滅んでしまうくらいなら…私が滅んでやる。命に代えても、護らなきゃ……)
 その時、空から聞き覚えのある声が響いた。
「……ミリア…」
「…お母…さん……っ!?」
 もう1人のマニュアが、それに反応して叫んだ。
 マニュアの母親の声は続けた。
「過去に戻るのです…。そして、人間界を救うのです。この道からなら、今から13年ほど前に戻れます…。この星を護る為にも……さぁ、早く!」
 母がマニュアの隣に光に包まれた空間を作る。
 もう1人のマニュアは躊躇することなく、それに飛び込んだ。
 マニュアの姿は消え、そこには黒ずんだボールが1つ転がっているだけだった……
「……ミリア…。…いえ、マニュア……」
 いつの間にか。マニュアの隣には母親が立っていた。懐かしい姿……
 今度は、母親は今ここにいるマニュアに向かって話しかけていた。
「お、お母さん……私が、見えるの……?」
 母親は微笑んで頷いた。
「お母…さん……!」
 マニュアは幼い頃に母親を失っていた。
 いなくなったはずの母親が、そこで微笑んでいた。
 その気持ちは言葉にならず、ただただ、涙を零した。
 母親は少し寂しそうに微笑んで、強い口調で言った。
「マニュア…聞きなさい。この夢は、貴方の昔の記憶。それは、分かっていますね…。この夢は、私が見せたものです」
「えっ!?」
 涙を拭って母の方に向き直った。母の足元には、ピュウが立っているというのか座っているというのか…いた。
「ピュウ…どうして……」
「マニュア、聞きなさい」
 母が続けた。
「貴方は、この空間を抜けて、小さな体の過去に戻り、もう1度人生をやり直しました。……しかし、今のところ未来が変わっている様子はありません。このままでは、また、この未来が繰り返されてしまいます…」
 母の言葉に、マニュアは視線を落とした。
「分かってる…」
「……貴方の睨むとおり、この次の満月が…特殊な満月の夜が、決戦となることでしょう」
「…やっぱり…」
「…貴方は、まだ…我が家の秘宝だったあのボールを持っていますね?」
「うん。持ってる…」
 そのボールを腰に提げたシザーバッグから取り出した。それは、先ほど青から黒に変色したそのボールと同じものだった。
「過去では、あのボールは青に戻ってましたね?」
 母の問いに頷く。
「うん。戻ってた。真っ青で綺麗だった」
「そうですね…。でも、あのボールは、もう、黒っぽく濁り始めています」
「えっ…!?」
 マニュアは青いそのボールを覗き込んだ。
 ボールの奥の方に、黒く淀んだ闇が見えた。
「……!…もう、時間がありません」
 母が空を見上げて言った。
 マニュアは驚いて顔を上げた。
「えっ!?どっか…行っちゃうの!?」
 母は寂しそうに言う。
「…えぇ。もう、戻らなくては……。マニュア、未来を頼みます…」
 そうして、姿は少しずつ薄れていった……
「あっ…!待って!お母さ――――――――――――ん!!」
 叫び声は空しく。もう、母の声は聞こえず、姿も消えてしまった。
 マニュアが乾いた大地を見つめた時――……辺りが真っ白になり…そして、目が覚めた。

「――お母さん…………」