僕の生存日記   第8話:思い出という名の媚薬

『川野辺 葉乃』は謝りに来た『千羽 緋路』と手作りケーキを囲んでいます。
『黒井 姫』さんは、どうやらもう帰った模様。
『神成 躍人』先輩と『今池 輝也』くんは知りません。

 クラスメートなどいなくなった放課後の教室で、僕と千羽は向かい合ってケーキを食べていた。
 さすが、器用なヤツ……。手作りだというケーキは、半端なく美味しかった。
「千羽は、あれだな。ザ・器用。器用王子だ」
「なんだそれ! ていうか、俺をお婿にしてくれれば、こんなん毎日作ってやるぞー!」
「男同士は結婚できねーよ」
 抱きついてこようとする千羽を手で押し戻して、そう返した。
 それにしても、ケーキは美味いが――飲み物がないのはキツイ。水筒は既に空だった。
 仕方ない。自販機へ行くか。
「喉が渇いたから、ちょっと飲み物買ってくるわ」
 そう言って、僕は立ち上がった。
「あ、俺、飲み物も持ってきてるぞ。ほら」
 そこへすかさずペットボトルを取り出す千羽。どれだけ用意がいいんだ。
「貰っていいの?」
 僕が訊くと、千羽は大きく頷き、
「あったりまえだろー。全部葉乃のために用意したんだからな!」
 と言ってくれた。
 僕はそれをありがたく受け取って飲んだ。甘いジュースだった。
 ――すると、突然。体が熱くなるような感覚に陥った。特に胸の辺りが焼けるように熱い、苦しい。
 なんだこれ……!?
 僕は思わず胸を押さえて屈みこんだ。


「は、葉乃……?」
 千羽の戸惑ったような声が聴こえる。
 体が熱くなったのは本当に一瞬で、もうなんともなかった。なんだろう。胸焼けか……?
「大丈夫。なんか胸焼け起こしたかも。もうなんともない……」
 そう言って顔を上げた。目の前に、千羽の顔がある。

 ……ドクン。

 鼓動が大きく波打った。
「あ、あれ……?」
「葉乃?」
 千羽が顔を覗き込んでくる。途端、顔が火を噴いたように熱くなった。
「ちょ、ちょっと。そんな近付いて見ないで……!」
 僕は慌てて顔を隠す。
 千羽が不思議そうに言う。
「なんだよ。どうしたんだ?」
「そんな近くで見られたら、恥ずかしい……」
 僕は真っ赤になって俯きながら言った。
 千羽の整った顔が僕を見ている。それだけで、恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。変なとこないかな? ちゃんと髪の毛、整ってる? 寝癖なんてないよね?
「大丈夫だ! 葉乃はいつでもどんな時もかわいいぞー! 葉乃!!」
 千羽は感動したように、そう叫んで飛びついてきた。
 うわわ、ドキドキで心臓が口から飛び出ちゃうよ〜!
「せ、千羽……っ! ちょっと、離れて……! 僕、恥ずかしさで死んじゃうよ!」
「大丈夫だって! 俺が死なせないさー!」
 千羽ってば、そう言って、さっきよりも激しく抱き締めてきた。
 う〜! こんなの……頭がフットーしそうだよおっっ!