僕の生存日記   第8話:思い出という名の媚薬

 僕、『川野辺 葉乃』は、『千羽 緋路』迫られて、ドキドキスクールライフ真っ最中!
『神成 躍人』先輩やら『黒井 姫』さんやら『今池 輝也』くんやらなんて、知らん知らん。

「俺はずっと昔から葉乃のこと大好きだからな〜。何も怖がることなんかないさ。葉乃は素敵だぞ☆」
 千羽がそんなことを言ってくる。
 まっすぐで、澄んだ瞳。きっと、彼は本当に、ずっと純粋に僕のことを好きでいてくれたんだ。
 不意に、涙が零れた。
「って、はははははは葉乃っ!? ど、どうした!? 大丈夫か!?」
「違……。なんでもないよ……!」
 慌てて目を擦る。
 けれど、涙はなかなか止まってくれない。
「葉乃……」
 千羽が僕の涙を拭った。
 僕は、僕の胸のうちで燻っていた想いを、涙と一緒に曝け出した。
「僕は、小さい頃から、要領悪くて……友達も、少なくて……。でも、千羽の周りには人がいて……置いていかれるんじゃないかって、思ってた……! 千羽は僕の隣にいてくれたけど、僕は怖かった……。いつか、みんなに見捨てられるんじゃないかって……。ひろちゃんも、どこか遠くに行っちゃわないかって……っ!」
「葉乃」
 千羽――ひろちゃんがさっきよりも、さらに強く強く、僕を抱き締めた。
 そしてそれから、僕の目をまっすぐに見ると、優しい声で言った。
「……葉乃。そんなこと、ない。仮に、俺の周りに誰かいても、おまえ以上はいない。俺は絶対に、おまえを見捨てるなんてこと、しないから」
「――ひろちゃんっ…………!!」
 僕は涙をまた流しながら、彼の大きな胸に今度は自分から飛び込んだ。

「おい。なに泣かせてんだ」
 その時、扉の方から声がした。
 振り向くと、そこには今池くんと、その後ろに神成先輩もいた。
「げっ……! おまえ、なんでここに……!」
 心底嫌そうな声で、ひろちゃんが言う。
「俺は向こうのクラスの女子に呼び出されて、戻るところだ。こいつとは、たまたまそこで会っただけだ」
「あー……。その、俺は部活を、だな……」
「で、それはいいとして。おまえ、なに葉乃ちゃん泣かせてんだ?」
 怒りのこもった声で、今池くんは言った。ひろちゃんを睨みつけている。
「――……いいところ邪魔しやがって! 別にひどいことして泣かせたわけじゃねーよ!」
 そう言いながら、ひろちゃんは今池くんを教室から引っ張り出して行ってしまった。

 ――それにしても、恥ずかしい……。
 なんで、こんなに泣いてしまったんだろうか。
 たしかに、これは昔から心の奥底で思っていたこと。
 でも、もう気にしてないって、思っていたのに……。
 ひろちゃんが、あんな目で見てくるから。優しいこと言ってくれるから。
 ……あぁ、僕はひろちゃんのこと――。そうか、そうなんだ。
 僕は、ひろちゃんが戻ってきたら、この気持ちを伝えようと決心した。