1冊のノートが届いた。
 送り主は、ある女性。





  エンディングノート





 彼女は用意周到に、持っていた物を全て売り払って、捨てて(最低限必要な物は持ったままかもしれないが)最後の最後にそれを送り付けたようだ。

 慌てて駆けつけたアパートの一室が空き部屋になっているのを確認して、ため息を吐く。
 彼女に帰る場所は、もうない。
 だからこそ、こうして、簡単に決意することができたのだろう。

 そのノートは、ほとんど白紙で。なぜか破いた後もあって。
 ただ1ページだけ、きっと自分へと宛てたメッセージが書かれていた。


『――親愛なる人へ

 ありがとう。

 多分、誰も理解してもらえない。この感情は。
 ただ、何のために生きているのか分からない。
 この先を考えると、生きているのは無理だと思う。
 全てを諦めてる。
 無理して生きるくらいなら、いっそ。

 ごめんなさい。』


 謝るくらいならば、どこへも行かず、そのままいてくれればいいのに。
 生きることに理由などなくて、そもそもそんなものは要らなくて。

 たった一言でも、決意する前に伝えてくれたなら、いくらでも助けたのに。

 彼女を探すあてなどどこにもなくて、ただただ心配させてくれて、涙を流すことしかできない。
 自分の無力さを、嘆く。

 もしも、怖くなったなら、その決意から逃げ出してもいい。逃げ出してほしい。
 戻ってきてくれたなら、全力で迎え入れるだろう。
 だから――

 ただ、そのノートを片手に、天を仰ぎ、帰りを待つ。



 最低限の物だけトランクに詰めて、寒い季節にコートを羽織って。
 白い息が、生まれては消える。

 人間も、この長い刻の中では、この白い息と同じだ。きっと一瞬で生まれて消える。

 どこを見つめるでもなく、視線を宙へと漂わせる。

 ――あぁ、昔はもっと自由だったのになぁ。

 いつの間にか、足がもつれて、上手く歩けなくなってしまった。
 なにが良くて、なにが悪かったのか。自分でも分からない。
 理解してもらえるはずがない。
 自分ですら、すべては理解できない感情なのだから。

 彼女はその気持ちをまとめて1つのトランクへと押し込んだ。
 溢れたものは親愛なる人へとノートになぞらせた。

 あとはただ、自分にとっての世界の果てを見つけて、高い空へと飛ぶだけだ。

 不思議と気持ちは穏やかだった。
 もうなにも怖くない。怯えていたものから解放されるから。
 もう、押し込んだものは、消えてしまうのだから。

「さようなら」

 ぐしゃぐしゃに破いたノートの1ページだけ、右手で握り締めて、呟いた。


『――最後に。

 この世界を少しでも色付けてくれた貴方を愛していました。』




 あれ……? 自分が考えていた終わり方と違う……(ぇ)ていうか、たぶん内容も違う……。
 エンディングノートって、正しくは、終わりを迎える万が一に備えて、葬儀やら何やらの希望を書いておくノートですよね(つーか、この話、別に手紙で良かったよ、ね……?)
 個人的には、自分の場合、残された人に葬儀してもらうのはお金が勿体無いので直葬とか安くやってもらえばいいかなとも思うけど、結局残された人の気持ち的にどうしたいか任せたい気もしますね。残された側が送りたいというのであれば。って、今考えても、とりあえずしばらくないだろうけども!
 そして、そういう話しつつ、人が亡くなるのはやっぱりツライので嫌です。ニュースとかで訃報見ても凹みます。
 みんな、生きようぜ!!


――――2013/03/15 川柳えむ