グローリ・ワーカ   第19章:ずっと傍にいる

「いったい、どうなったっつーんだ!? ……ってぇ!!??」
「なんだ、コレ!?」
 みんなは激しい光に思わず閉じてしまった瞼を開くと、そこにあったはずの物を見て声を上げた。
 そこにあったはずの空水晶などなくなっていた。代わりに、そこにあった物は――、
「……杖……!?」
 変わった形をした杖だけだった。
「いったい、なんなのカナァ、この杖……」
「さぁ……? なんでしょう……」
「――っていうか、その杖よりも、その……」
「え?」
 アリスの指差す先に、驚くべき姿があった。見覚えのあるはずのものが、見たこともないものへと変わっていた。
「……な、なんだよ!」
 それは、ヤン――のはずだったもので、いつもの見慣れた姿はなく、今やどう見ても狼だった。
「しょーがねーだろ! ……俺は人狼だって言っただろ。普段の月の光くらいなら人間の姿を保っていられるが、さすがにこの月だと……な」
「おぉ、狼が喋ったゾ!」
「狼じゃねぇよ! 人狼だって! ヤンだっつーの!」
(((((ていうか、そんな設定すっかり忘れてた――――――――!!!!)))))
 ヤンが人狼だということなど、覚えているはずもなかったみんなでしたとさ☆
「ひどいな、オイ!」
「ていうか、そもそもそんな設定知らない気がする、僕たち」
「うん」
 スリムとヒナが言う。……そうだったっけね?
(うーん、それにしても……)
(うん。こっちの方が……)
(かわいくていいんじゃないのー?)
(このままでいい。むしろ、このままの方がいいんじゃないデスカ)
(……怒るサンドも、ちょっとかわい――あ、いやいや、狼がかわいいってだけだから!)
 さすが動物。女の子に人気がある。
「は!?」
「ちょ、どーゆーことだよ、それ! 俺の方が狼耳似合うんだからな!」
 張り合いだすストーム。何を言っているんだ何を。
「…………今なら……、使えるかもしれない……!!」
 と、突然声を上げるシリア。
「え!? なにを?」
 もう忘れているアリス(笑)
「復活の呪法よ。……この現象は、地守月といって、1000年に1度しか起きないんだけど。これが起きると、全ての力が大きくなるの。――そう、力を強くしてくれる……。それは、私の想いも、運も……、そして、お姉ちゃんの生きようとする力も、きっと……!」
 シリアが窓から降り注ぐ光を見上げて、力強く言った。
 そして、再び呪法を唱え始めようとした時――。
「お待ちください」
 それを止めたのはトンヌラだった。
「なによ、トンヌラ……」
「もう呪法など唱えなくて構いません。ミリア姫のことは諦めましょう」
 トンヌラが言った。
「――おまえ、止める権利はないとか言ってなかったか?」
 ニールが訊く。そうだ、トンヌラはシリアのことを止める権利などないと、確かに言っていたはず。
 トンヌラはニールを見て頷いてから、またシリアへと向き直った。
「えぇ、止めるつもりはありませんでした。ミリア姫が亡くなるのは、魔王様方にとっても不本意ですから。――ですが、正直なところ、私としては、ミリア姫が生きているかどうかなんて、どちらでも構わない。ミリア姫などいなくても問題ないと思っています」
「は!?」
 シリアがトンヌラを睨む。
 トンヌラは続けた。
「ミリア姫にこだわる必要などありません。ミリア姫は確かに桁外れの呪力をお持ちだと思います。が、シリア様も充分な力を持っている。ですから、ミリア姫がいないのならば、代わりにシリア様がいればいいだけのこと。逆に、ミリア姫が蘇ることで、こちらは戦闘上、多少不利になるのではないかと」
「――そうじゃない!!!!」
 シリアがトンヌラの言葉に声を荒げた。
 その勢いに、一瞬、シン……と静寂が訪れる。
「そうじゃない! 私は、あんた達みたいに、お姉ちゃんが呪法が使えるからとか、魔界に必要だからとか、そんなことを思って蘇らせようとしてるんじゃない! お姉ちゃんは――お姉ちゃんは、私のたった1人のお姉ちゃんだから……! 私にとって、大切な人だから! だから、蘇らせたいの!!」
 そして、今度こそ呪法を唱えようと、横たわるマニュアの前に立ち、手を伸ばした。
 ――と、その手に重なるように、左右から伸びてくる手があった。それは――、
「私たちにとっても、そうだよ」
「――アルト!」
「シリアが必死になってたの、そういうことだったんだね。私、なにが起こってたのか知らなかったよ。でも、それなら私たちも必死になるよぉ。私たちの仲間だもん」
「ティル!」
 アルトとティルの手がシリアの手の上に重なった。
「なにを考えているの!?」
「だから、私たちにも教えて? その復活の呪法」
 予想外のティルの言葉。シリアは目を丸くした。
「――お、教えられるわけないでしょ! この呪法は、自分の命を使うの! 使ったら死ぬのよ!」
 思わず怒鳴り声を上げてしまう。
「え? でも、もしかしたら、死なないかもしれないじゃん。前に私とアルトちゃんで霊界の扉を開いたことがあったでしょ。あの時みたいに、こう……力というか、魂を半分使うみたいな感じで!」
 楽観的な考え。シリアはため息を吐く。
「これは、何人かでやれば成功するってわけじゃないの! さっきみたいに、発動しないかもしれないし、下手をすれば、生き返らないどころか、犬死にするかもしれないって――」
「でも!」
 シリアの言葉を遮って、今度はアルトが叫ぶように言った。
「もしかしたら、もしかしたらみんな助かるかもしれない――!」
「純粋な魔族じゃないから力にならないかもしれない。けど、少しでも私たちの命も分けるから、お願い。使って? みんなで分ければ、きっと大丈夫だよ!」
 そう言ってティルが笑った。
「わ、私もっ!」
「俺らも! 魔族じゃねーけど!」
 ティルやアルトだけじゃない。人間やその他の種族である仲間たちが、そう声を上げた。
 そんなみんなの顔を見回して、観念したようにシリアは笑った。
「……やっぱり、お姉ちゃん、羨ましいナァ。――しょーがない。教えるわ」

「しかたない……。もう1度だけ、見守ってあげましょうか」
 トンヌラがその光景を見て言った。
「トンヌラ!? いいの? あんたがそんなこと言うなんて意外――……」
 ミンミンが驚いたように言う。
 トンヌラは冷静に答える。
「まぁ、失敗すれば倒す数も減って楽ですし。どうせ1番死んでほしい人間の方は死なないでしょうね。魔族の血が流れている者だけが死んでしまうのが困り者ですが――。魔族の血が流れているからと言って残しておくのも、正直もう面倒です。だいたい、忌々しい人間の血が流れているのですから、死んでくれて構わないでしょう。使えるかもしれないからと、残して戦うのも疲れるんですよね。魔王様にも、生きて捕らえるのに、必ずと言われたわけではありませんしね」
 ただ、この男は、本当に必要か不必要かだけで物事を考えているようだと、ミンミンは少なからずぞっとした。――もし、自分がこの四天王に必要ないと思われたとしたら、この男ならあっさり処分されそうで――。

「そういや、前に使った呪法じゃダメなのか? なんかあの世に行くとかなんとか――」
「おまえ、それ前も訊いてただろ? 体が無事じゃないからダメだって言ってただろ」
「あ、そーだったか?」
 相変わらず、ストームがボケてヤンがツッコむ。
 ストームが数日前のことなど、覚えていられる頭でもなかった。
「おい、ちょっと待てゴルァ!」
 さて、さぁでは今度はみんなで助けるぞと、マニュアの前に並んで立つ。
「おい!」
 呼吸を合わせて呪法を唱えようとした時、シリアがマニュアを見つめたまま、静かに言った。
「――もし。もしも、私が死んでしまったら……。お姉ちゃんに伝えて――」