グローリ・ワーカ   第8章:攫われた仲間

 魔界の中心に物々しく聳え立った大きな建物、それは魔王城だった。
 そこへ辿り着いたキリオミは、今、ある部屋にいた。

「ほう……。こやつか。魔族と人間のハーフというのは……」
「はっ! そのとおりでございまっス! 魔王様!」
 キリオミがその男に向かって跪き頭を下げる。キリオミの前には、アルトが横たわっていた。
 魔王と呼ばれた男――そう、魔王は玉座に座ったまま、アルトを品定めするように眺めた。
「あーのキリオミがハーフを捕まえたって本当っ!?」
 突然、広間のように大きな部屋の扉を乱暴に開け、ギャルっぽいいかれたねーちゃんと、もう1人、真面目そうな顔つきの男が飛び込んできた。
 その2人を、魔王がギロリと睨む。
「あっ! ま、魔王様……」
「申し訳ありません。ミンミンの口の利き方、ならびに、私どもの礼儀のなさ――。ご無礼を」
 男の方が膝をついて謝る。
「まぁよい……」
「それにしても――あんた、なぁーにが『ギャルっぽいいかれたねーちゃん』よ!」
 あ? こっち?
「そうよ!」
「ミンミン、場所を考えなさい」
 男が止める。
「トンヌラ! あんたは『真面目そうな顔つきの男』だからって!」
 ミンミンと呼ばれたねーちゃんが怒鳴る。
 トンヌラと呼ばれた男が睨みを利かせると、ミンミンは慌てて話を変えた。
「と、とにかくっ。魔王様、キリオミがハーフを捕まえたって本当ですか!?」
「あぁ、こやつをな……」
 そう言って、魔王は顎をくいっとアルトに向けた。
「ふーん。キリオミもたまにはやるじゃない」
 ミンミンが感心したように言う。
「ミンミン……。『たまに』って……ヒドイっス」
「それより、魔王様。この魔族と人間のハーフをどうするおつもりですか?」
 トンヌラの問いに、魔王は心底喜んで笑った。
「こやつの使い道はいろいろあるだろうよ。ハーフなど珍しいからな……」
「しかし、魔王様。この娘をここに置いておけば、他の者たちからの反感を買う可能性もあります。なんたって、人間の血も継いでいるのですよ」
 トンヌラが意見する。魔王は考え、
「実験に使うモルモットなら問題はなかろう。しかも、人間との掛け合わせなのだから特殊な力などあるかもしれん。上手くいけば兵士として役立ってくれる可能性もある。それに、こやつにも子孫を作らせればいつかは血も薄くなるだろう。魔力と呪力を受け継ぐ強力な味方となれば良いではないか。もちろん、役に立たず、必要となくなった際には――」
 立ち歩き、ミンミンの頭に留めてある髪飾りに触れる。
 ミンミンが何事かと顔を上げたとき、それを取り上げ、ぐしゃりと潰して言った。
「――ひねり潰すまでよ」
 ミンミンが固まる。普段なら文句を言って暴れているところだが、相手が相手だ。
 魔王は満足そうに笑い、付け加えた。
「それに、もう1つある……。こやつを操り人形にすればな……」
 トンヌラが慌てて囃す。
「そうか! この娘を操って、あのパーティの人間を殺す。そして、ミリア様やもう1人の魔族の血を引く娘も攫ってくる! そういうことですね!! 魔王様、さすが!」
「まぁな……。さて、では操る呪法をかけるか……」
「あ。はい、はぁーい! あたしやる! やりまーす!」
 先ほどの恐怖を自分で忘れさせるように、ミンミンは名乗り出た。
「では、ミンミン――やれ……」
「はぁーい!」
 ミンミンがアルトを操ろうと、アルトの胸の上に手を置き、呪法を唱えた。
 ――しかし。
「……あれ?」
 ミンミンは違和感を覚えた。なんともいえぬ、違和感を。
「ミンミン?」
 トンヌラもキリオミも不思議そうにそれを見る。
「なに……? これ、魔王様……? 呪法が効いたとは思えない……。なんだか、不思議な力に吸い込まれるように。とにかく、効かないんです!」
「何……? 効かない――?」
 魔王が顔を上げる。濁った目がアルトを睨んだ。
「もしや――いや、そうかもしれぬ……。誰か、ナイフを!」
「はい。魔王様!」
 トンヌラが腰に掛けてあった短剣を魔王に渡した。
 それを受け取った魔王はいきなりアルトに向かって振り下ろした!
「魔王様!?」
 バチィッ!!
 ナイフは何かに弾かれるように、脇に飛ばされてしまった。
 弾かれたナイフが手をかすってしまい血が流れる魔王とは対象的に、アルトは無傷である。
「間違いない……! こやつは、勇者の子孫……」
 思いがけない魔王の言葉に、3人は色めき立つ。
「勇者の子孫!?」
「勇者の子孫というと、あの、伝説の……!」
「昔、魔族を魔界へと追いやった極悪人っス!」
 勇者とは、人間界や魔界、天界に古くから伝わる伝説に出てくる者たちである。
 その伝説とは、こうだ。


 天地創造の時 神は民を見守った

 天は聖なる者 神近き場所にて下界を見下ろすと望んだ
 人は生ある者 すべからく共に生きていくことを望んだ
 魔は魔なる者 すべての世界の中心となる社会を望んだ

 神は嘆いた あまりにもまとまりがないではないかと

 神は考え 地上に7人の救世主を送った
 救世主は勇気をもって 天や魔の前に歩み進んだ
 勇気をもつ者――勇者の誕生の瞬間
 勇者は天と魔を説得しようと試みた
 しかし 天と魔は消えていた あるべき場所へと還っていった

 神は勇者に伝えた
 では そなたたちは 人々を助け 人々のために働き 秩序を守るべし
 来るべき何時かに備え 人のあるべき場所を守ってゆけ と

 そして 神の創り出した世界は3つに別れた――


「よく知らなかったんっスけど、そういう伝説だったんスね」
 キリオミ、知らなかったのかい……。
「へー……。で、どーゆーこと?」
 ミンミンも、初めて聞いた! という顔で訊く。
 トンヌラが答える。
「どうやら神は人間の意見にご賛同らしい。魔の者も天の者もそんな意見に耳を貸すつもりはない。結果、魔族は魔界に納まることになってしまったのさ」
「くそ……!」
 魔王が悔しそうに唸った。
「こやつらは、自分や仲間の命に関わることには神の加護とやらがついているらしい。死なぬわけではないが、そう簡単にもいかぬのだ。……こうなったら仕方ない! とにかく今は牢にぶち込んでおけっ!」
「しかし……!」
 トンヌラが意見しようとすると、魔王は怒りの眼差しを向け、
「人質くらいにはなるだろう」
 一言だけ言い、踵を返して部屋を出て行った。
「――仕方ない。ご命令どおりにしよう」
 トンヌラはアルトを抱えて部屋を出て行った。