グローリ・ワーカ 〜Next Stage〜   第1章:赤と青の攻防戦

「はー……。ずりーぞ、ちくしょー……」
 ストームがベンチに腰を下ろした。
 まさか、1番最初に自分が脱落するとは。
 悔しくてたまらなかった。
「ああああもう! なんでオレサマが最初に負けるんだよー! ありえねー!」
 ボールを投げ合うみんなを遠くから見ている。
「あ! あいつ、いつの間に。ボール持ってる! よし、そこだ! やっちまえ!」
 ストームは、少年と少女がやり合っているのを見て、 少年を応援していた。
 そのとき、後ろの茂みからがさっと音がした。目の前の出来事に集中しているストームは気付いていない。
 音を発生させた主は、茂みからゆっくりと這い出てきていた。
「あー、惜しい! なんでそこで外すんだよー!」
 少年のボールは、あと少しのところで少女へと当たらず。その向こうまで飛んでいってしまった。
「うーん、もったいねー」
 ため息をつき、もう飽きたと体の向きを変え、ベンチへと横になった。
 ぬるり。
「ぬるり?」
 足がなにかぬめっとしたものに触れた。
 体を起こし、その姿を確認してみる。

「わああああああああああああああああああああああああああ!!!!????」

 公園中に叫び声が響き渡った。
「えっ、なに!?」
 その声の主を探す。
 ストームだ。
 ベンチのほうを向くと、そこには――
「うわああああああああああ!!??」
「あ、あれ、なにっ……!?」
「魔物……?」
 ストームと同じくらいの幅をしたヘビのような生き物が、上半身をストームに巻きつけていた。下半身は茂みに隠れたままだ。
 お、大きい……! 怖い……!
 子供達は震え上がった。
(あれは……ワーム?)
 ミリアはその生き物――魔物の名前を知っていた。見たこともあった。きっと、ここにいる誰よりもそれのことを知っていた。
 ――なぜなら、魔物は本来魔界に棲む生き物で、そして、彼女は魔界に住む魔族だったのだから。
 人間界で盛大な祭りがあるという。母が、父には内緒で行ってみないかと提案してきた。
 こうして、ミリアは、今日だけ人間界へとやって来た。
 人間と魔族は敵対していて、魔族だとばれたらなにをされるかわからない。だから、魔族だとわからないように、その特徴的な耳を隠そうと深く帽子を被った。
 子供とはいえ、この魔物を倒す術をまったく知らないわけではない。魔族は呪法と呼ばれる力を使えた。対象のものを壊したり、傷付けたりする力だ。ミリアは、この歳にして、呪法をいくつか覚えていた。
 呪法を使えば、ストームを助けることができるかもしれない。でも、そしたら――?
 自分が魔族だと、ばれてしまう……。
「た、助けっ……!」
 ストームが泣きそうな顔で訴える。ワームはさらに深く、ゆっくりとストームに絡みついていく。
 迷っている暇はない。
 ミリアが覚悟を決めたそのときだった。
「ワームちゃん!」
「……え?」
 少女がワームの前に飛び出した。
「あ、危ないよ……っ!」
 アリやアルトが、少女を止めようと声をかける。
 少女は振り返って笑った。
「大丈夫だよ。この子、さっき友達になった子なのー」
「友……達……?」
「ワームちゃん」
 ワームが少女を見る。少女はワームに手を伸ばした。
 すると、驚いたことに、ワームはストームから体を離すと、彼女へと頭を擦り付けた。それは、まるで小動物がじゃれているかのようだ。
「「「「「ええええええええええええっ!?」」」」」
 みんなが驚愕の声を上げる。
「えーとね、この子、そこの茂みの裏の森がおうちなんだって。さっき、お友達になったんだけど、公園に出てこようとしたら、みんながマジックカラーボールで遊ぼうとしてたから……楽しそうだなって思って。そしたら、ワームちゃんが行っておいでって、応援してくれて……。えっと、だから……」
 彼女はとにかく、この子は友達だと、悪いものじゃないと伝えたいらしい。
「……怖くないよっ!」
 少女がみんなに訴えかける。その眼は必死だ。
「…………」
 ミリアはゆっくりとワームの前へ出た。
「あっ……!」
 みんなが見守る中、ミリアがワームの頭を撫でた。
 ワームは嬉しそうに目を細めた。
「も、もしかしたら、かわいい、のかな?」
 アリもそう言って近付く。
「つーか――よく見たらカッケー!」
 さっきまで泣きそうだったのが嘘のように、ストームは目を輝かせた。
 そうして、みんなワームへと寄っていった。
 子供は順応が早い。今はもう誰も怯えてなどおらず、そればかりか、ワームの頭や体を撫でたり、背中に乗ってみたりしていた。
 ワームも心なしか、楽しそうに見えた。
 いつの間にか、誰が公園を使うとか使わないとか、そんな話などすっかり忘れてみんなで遊んでいた。

「ぐるるっ……!」
「え? もう帰るの?」
 しばらくすると、ワームが小さく鳴いて森のほうを見た。
 ゆっくりと茂みへと戻っていく。
「ワームちゃん、ばいばーい」
「またねー!」
 みんなワームに向かって手を振る。ワームの姿を見送り、すべて隠れてしまうところで、視線を空へと動かした。
 空は綺麗な茜色に染まり、もうじき夜が訪れようとしていた。
「……帰らなきゃ」
 子供達がそう口々に告げた。
(あ、おかーさん……)
 ミリアは自分が迷子だったことを思い出した。
 そのとき、
「ミリア!」
「! おかーさん!」
 公園へと駆け込んできたのは、必死に探していたはずの母だった。
「ミリア! 心配したのよ!」
「おかーさん!」
 ミリアは母へと飛びついた。温かくて、ほっとする。
「さぁ、そろそろ帰るわよ。お父さんに怒られちゃうわ」
「うん……」
 ミリアは、みんなのほうを振り返った。
 今日1日だけの、大切なお友達。
「……みんな……」
「また遊ぼうな!」
 そう声をかけてきたのはストームだった。
 ――『また』。
 その言葉に、ミリアは心が躍った。
「楽しかったっす!」
「またな」
「またね〜。遊んでくれてありがとぉ」
「気を付けて」
「えーと……」
 アリがミリアの手を取った。
「……あ。ミリア、だよ」
 そこでようやく、ミリアは自分の名を名乗った。
 名前を確認すると、アリはにっこりと笑った。
「ミリアちゃん、またね!」
「――うん!」
 ミリアも、アリと同じく満面の笑みで頷いた。