「さて、どちらへ参りましょうか? お姫サマ」

 校門を出てすぐ。彼は、その女の子に恭しく頭を下げた。
 そんなことをされた彼女は真っ赤になって、否定する。
「そそそそそんなっ! 普通に、普通にしてください!」
 彼女の様子に微笑んで、
「そっか。じゃあ、また普通にするよ。改めて、どこ行きたい?」
 彼が彼女に尋ねる。
「というか――私のわがままで恋人のフリして頂いたのに、本当にデートまでして頂くなんて……! 悪いです!」
 高校生活今年度1学期最後のこの日、彼は後輩の彼女に付きまとっているストーカーを撃退するため、彼女の恋人役を引き受けた。
 そして無事に役目を終えたのだが、「今日1日は君の恋人」だと言って、彼はこの日1日彼女を恋人として扱っているのだった。
 彼女としては、自分の問題に巻き込んでしまった挙句、それも解決したのに、自分の都合で彼を振り回すのは本当に申し訳ないと感じていた。
 なんていったって、整った顔をしている上に(女子には)優しいこの男は、当然モテモテの王子様のような存在だ。そんな人を自分の恋人として一緒にデートだなんて、心の底から申し訳ない。あと、今は周りにいないからいいものの(ストーカーを撃退した際に怪我をしてしまった彼の治療と、彼に恋人扱いをされて思わず真っ赤になって倒れてしまったために、今まで保健室にいたから)、もし目撃されたりしたら、女子からの視線だって怖い。
「本当に――本当に、もう十分ですよぉ……」
 真っ赤になって目を逸らす。
 そんな彼女に、彼が言う。
「…………そっか。俺のこと、本当は嫌なのかな? こっちこそ、無理言ってごめん」
 予想外の言葉に、彼女は思わず顔を上げて抗議してしまう。
「そんなわけないじゃないですか! 嫌なわけないです! 無理なんかじゃないです!」
 彼女のその言葉に、彼がにっこりと笑った。彼女は、はっとした。
 しまった! そんなことを言ったら、この優しい彼は――
「それじゃ。デート行こうか♪」

 どこへ行きたいという質問には、もう、本当に、彼といられるならばどこでもいいということで。
 彼が決めてくれた。
「じゃあ、ちょっと遠いけど、付き合ってよ」
 きっと、遠い場所を選んだのも、ほかの女子に目撃されないためにだろう。それは、果たして、彼自身のためなのか、それとも彼女のためなのか。
 そうして、電車で大体1時間半ほど揺られて、彼女は今まで来たことのない場所へと連れてこられた。
 そこは、もう都会からは離れた山の中で、小さな牧場があった。牛やら馬やら羊やらの姿が、入り口からも見える。
「こういうとこ、そんなには来ないけれど、のんびりした感じがいいよね。あぁ、でも、学校帰りにデートするような場所ではないかもね。君にとっておもしろくなかったら、ごめんね」
 彼が謝る。
 彼女はぶんぶんと首を横へと力強く振った。
「そんなことないです!! たしかに、正直――なんというか、先輩には似合わないというか……先輩がデートするなら、もうちょっとキラキラした場所みたいな……そんなイメージしてましたけど、でも! なんだか意外な一面が見れた気がして、嬉しいです! それに、私、動物好きですから!」
 相変わらずの真っ赤な顔で、彼女はそう伝えた。その必死な様子に、彼は、
「それはよかった」
 と、優しく笑った。

 羊と触れ合ったり、牛の乳搾り体験をしてみたり、穏やかな景色に癒されたり――2人はデートを満喫していた。
 しかし、すぐに夕方になってしまい、牧場内のスピーカーから流れる放送が、その幸せな時間の終わりを告げる。
「もう終わりか……。じゃあ、そろそろ戻ろうか」
 彼が彼女を振り返って、手を差し出した。
 その手をドキドキしながら優しく掴んでから、彼女は動物達に別れを告げた。
 ……ここを出たら――今日が終わってしまったら、もう、こんな幸せはやって来ない……。
 彼女は、繋がる手のぬくもりを感じながら、そんなことを考えていた。
 ――ずっと、続けばいいのに……。

「あの……」

 おもわず、手を引く彼に声をかけた。
「ん?」
 相変わらずの優しい微笑みで、彼は彼女を見てくる。
 その顔を改めて見て、彼女の動悸が速度を上げる。
「あ、あの……、そのっ……!」
 言葉が上手く出てこない。
 ひとしきり「あー」だの「うー」だの、わけの分からない言葉を発して、そうして、ようやく出てきたのは――
「せ、先輩って、す、好きな人って……いないんですか?」
 そうじゃない! そうじゃないでしょ、私!!!!
 そんなことを頭の中で叫ぶ。
 勇気の出ない自分に悲しくなりながら、彼女は彼を見た。
 そして――

 あ……。

 一瞬の表情を見て、彼女は気付いてしまった。
 とても愛おしいものを見るような目、それなのに、哀しそうな笑顔。そんな表情を一瞬させて、あとはまたいつもどおりの優しい笑顔に戻って、
「いないよ」
 なんて、言われたって。

 また電車に揺られて、家路を辿る。
 途中まで送ってもらいながら、「ここからは方向が違うから」と言って、無理やり彼から離れて帰ろうとした。
 けれど、撃退したとはいえ、ストーカーに追い回された後だ。彼は彼女が1人で帰ることを許さなかった。
 ディナーのお誘いもあったけれど、それはさすがに断った。もう、とにかく1人になりたかった。
 そうして、どうにか心の平穏を保たせて、彼女はようやく家へと辿り着いた。
「ありがとうございました」
 泣きそうな顔を見られないよう、頭を深く下げてお礼を告げた。
 もう、本当に最後なんだろうと、彼女は分かっていた。
 彼はそんな彼女の様子を知ってか知らずか、ただ一言、
「また、学校でね」
 と、それだけ伝えて、その場を去っていった。

 家の中へと入り、小さく「ただいま」と家族に声をかけると、まっすぐ部屋へと駆け込んだ。
 そしてそのままベッドへと体を埋めて、彼女は、ただぼーっと思い出していた。
 あの目は、彼女を映していなかった。もっと、ずっと遠いところを見ていた。あんなに哀しそうな顔なんて、今まで見たことがない。
 悲しい恋をしているのだろう。そして、それはきっと叶わない恋なのだろう――
 自分が悲しいのか、彼のその想いが悲しいのか。それとも、両方なのだろうか。
 彼女は枕に顔を押し付け、ただただ、声を殺して泣いたのだった。




 どうも、こんばんは。『川柳えむ』です。さて、後書です。
 テーマは『恋』――というか、本当は本編現最新話の後日談として、普通に番外編としてアップしようと思っていた代物ですが、本編と雰囲気違い過ぎたので、名前を無駄に伏せつつこちらに。前回のあれの番外編も本編とはだいぶ雰囲気違いましたけども……更に輪をかけて……。
 テーマも一文字とはいえ、こう、もっと物的な一文字にしたかったのに、思い浮かばなかったのでなんだか抽象的な一文字になってしまった。しょうがない。
 ちなみに、番外編としてアップしていた場合、サブタイトルは『牧場ラブストーリー』になっていました。どうなんだろうね、このセンス。
 本編読んでいればこの2人も誰かは分かると思うのですが、この物語の主役が脇役(?)っていう……。彼の方はメインキャラの1人ですが。
 彼の好きな人というのは、たぶん本編には出てきません。設定だけである。あと、叶わない恋というのは、別にBLとかではありません。えぇ、大丈夫です。
 いろいろ考えていたら無駄に暗い(?)設定があるキャラ達が割といたりする(汗)本編で書くことはないでしょうけども。
 そんなわけで、彼女の正体は↓に白文字で隠してあります。
 ――たまにがっつり恋愛モノが書きたくなる病。もっと甘々にしたかった!

僕の生存日記 音無琴音

――――2013/11/30 川柳えむ