神様の望んだセカイ   Chapter02:神様の願い

 ――20XX年。11月7日のことだった。
 その日は朝から天気が悪く、雨こそ降らなかったものの、空は厚い雲に覆われていた。天気予報では夕方から雨が降るという話で、朝から何人もの人が傘を持ち歩いているのが目撃できた。
 天気が悪いからといって当然何かが起きるわけでもなく、1日が過ぎ去る――はずだった。
 異変は夕方に起きた。時刻は、多分、17時より前。
 一瞬、地の底から何かが湧き上がってくる。そんな音がした。重い音だった。
 次の瞬間には、目の前のものが次々と崩れ、地面は避け、四方から轟音と悲鳴のようなものが聞こえてきた。立っていられなくて、思わず地に膝を着いた。その後の記憶は、あまりない。
 目を開けた時には、世界が一変していた。知っているいつもの風景とは到底似ても似つかない。目の前に広がるのは、高い瓦礫の山。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
 京太は叫び声を上げた。
 混乱から、大地震が起きたのだろうと考え付いたのは随分と時間が経ってからだった。

 どうやって助かったのかも、よくわからない。ただ、運が良かっただけだろうか。奇跡的にたいした怪我もしていない。
 無事なのはいいが、一体これからどうすればいいのか。全く検討がつかなかった。
 辺りはもう暗くなっていた。街灯は壊れてしまっている上にこの天気なので、本当に暗い。時間を確認しようと目を凝らして腕時計を見たが、どうにも壊れている様子だった。
「そうだ。携帯……」
 傍に落ちていた自分の鞄から携帯を取り出す。外装が少し割れていたものの、幸いにも、機能は無事だった。この状況なので当然圏外ではあるが。
 時刻は18時を越えていた。まだこの時間なのにこんなに暗いのかと、京太は驚いて顔を上げた。
 しかし、顔を上げてよく見ると遠方が明るい。街灯? と思ったが、違った。どうやらその光は炎によるものだと気付いた。あちこちで火が上がっているようだ。
 ――世界は終わるのか。
 京太は思った。俺が願ったから? いや、そんなのは偶然だとわかっている。
 ただ、今まで自分が生きてきた世界は終わってしまったのは事実だった。

「終わってなんかない」

 突然、誰かから声をかけられた。
 驚いて振り返ると、そこには見知らぬ人間がいた。歳は同じくらいだろうか? 背格好は京太と大差はない。暗いのではっきりと見えるわけではないが、それなりに整った顔をした男だった。しかし、まるでファンタジー漫画の中の登場人物のような、見たこともない格好をしている。コスプレというやつかもしれない。
 わけがわからず、無言でそいつを見つめる。そいつはそんな京太の様子など構わず続けた。
「世界は終わってなんかいないさ。だって、この世界はおまえが生まれたと同時に始まって、おまえが死んだと同時に終わるのだから」
 妙なことを言う。京太はそれにも返事をしなかったが、彼は満足そうにしゃべり続ける。
「だってそうだろう? おまえが生まれる前の世界なんて、おまえは知らない。つまりはそんなもの存在してなかったと同じだ。存在していなかったんだよ。だから、おまえと同時に始まった世界は、おまえが死んだと同時に終わるんだ」
「――どういうことだよ?」
 たった一言、ようやく疑問を口にした。
 たしかに、人生なんて――世界なんてものは自分が生きている間しか認識できない。だから、自分が存在していない間は世界なんて「存在しない」。そういった考え方もできる。
「おまえは『神様』みたいなものだ」
 男が予想外の言葉を口にした。
 思いもよらぬ言葉に、ぽかーんと口を開けて固まってしまう京太。
「おまえは『神様』なんだ。だから、おまえが願えば世界を壊すこともできる。そして、おまえが死ねば世界は完全に終わるのさ」
 男は京太の様子など気にも留めず続けている。
 何を言っているのか、到底理解などできなかった。
 ――神様? 誰が? 自分が?
 妙な出で立ちをした見ず知らずの男が突然現れ、そんなことを抜かしたとして、一体誰が信じるというのだろうか?
「信じないのなら、それも構わない。ただ、真実を知るべきだ」
 男が言う。
 真実とは、何だろうか? 神様だということだろうか? そんなことが果たして有り得るのだろうか。
 ただただ、京太は呆然と男を見つめていた。
「――俺は『キョウ』。またおまえの前に現れる時が来るだろう」
 最後にそう一言だけ言うと、『キョウ』と名乗った男は一瞬で跡形もなく消えてしまった。
「!? どこへ――」
 果たして普通の人間にこんな芸当ができるだろうか? 彼は何者なのか。幽霊?
 そして、彼の言っていたことは――
「…………俺が、神様……?」
 たしかに、直前まで願っていたことがある。それは――この世界の終わり。
 そして、幼い頃から願っていたのは、自分が神様だったなら――。
 その2つが、叶ってしまったというのか?
 京太は試しに地震がまた起きないかと願ってみた。
 すると、程なくして――
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
 地を這うような低い低い音が、恐怖を引き連れ再びやって来た。激しく足元が揺れ出す。
 どこか離れたところから悲鳴が聞こえてきた。京太自身も立っていられなくて身を屈めた。
 暫くしてそれも止んだが、京太は今起きた地震の恐怖よりも、この出来事に対する興奮が先立っていた。
 ――まさか、本当に――?
 本当に、自分は神様だったのだろうか。しかし、実際、願ったところへ地震がやって来たのだ。
 未だ半信半疑ではあるが、神様かもしれないと思うと、優越感を感じることができた。
 このまま世界を終わらせる――いや、それは少し違うか。壊してしまう、か。それもいい。
 けれども、その前に――

 顔を上げると、駅前のアイスクリームショップがあった辺りに、1人の少女がいるのが見えた。あれは――
「新井、都……」
 学校を出る前に、教室でいじめられているのを目撃してしまった。あの少女――『新井 都(あらい みやこ)』だった。
 助けるつもりなど、端からなかった。だけれども、気にはなっていた。それは、罪悪感からか。
 京太は彼女の元へと駆け出した。