グローリ・ワーカ   第18章:もう迷わない

「そんな……。みんなが……みんなが……」
 マニュアはもうなにも考えられなくなっていた。
 頭が重い。自分が地に着いていないようなふわふわした感覚でいる。
 ただ、信じたくない。いや、信じられない。シリアの言った言葉が頭に入ってこない。理解できない。
「もう幻惑は消していいわね」
 シリアがそう言うと、辺りの壁がすぅっと消えていった。すべてがシリアの呪法によって作り出されたものだったのだ。シリアの呪法も相当な力、そして精神力があるようだ。
 壁が消えると、そこは広間のようだった。消えた壁の向こうになにか塊がいくつも横たわっている。そして広がる、なんとも言えない臭い。
 その中に1つだけ、起き上がっている影があった。
「――アルト……さん?」
 マニュアの言葉にびくっと体を震わせ、声のしたほうへ顔を上げたのは、紛れもなくアルトであった。アルトだけは生きていた!
「マニュ……ちゃん…………!」
 アルトの頬は涙で濡れていた。
 マニュアはアルトに駆け寄った。それにピュウもついていく。あぁ、すっかり存在を忘れていた。
「ひ、ひどい!」
 ピュウの訴えは無視して。
 改めてこの惨事を見渡した。
「マニュちゃん……! す、ストームが……っ! どう、どうしよう……!」
 アルトは錯乱した様子でマニュアを見つめた。周りの状況は見えていないようだ。
 急に死臭が鼻を刺して、胃から戻しそうになる。マニュアは涙目で、静かに浅く呼吸をした。
「――どういうことですか?」
 トンヌラが低い声で呟いた。
 その声に、びくっと体を震わせるミンミン。
「あ、あの――」
 慌ててトンヌラになにか言おうとするが、彼はそれを許さなかった。
「なぜ彼女は生きているのですか? いや、生きているのは構わない。生かすのであれば、魔王様のところへ連れて行くという話だっただろう?」
「あの、こ、殺したつもりでいて――。それに、ちゃんと呪法は最後まで残しておいたし……。な、なにかの手違いなのよ!」
「殺したのならば、ちゃんと死んだのを確認しないとだめだろう!」
 ミンミンの言い訳に、トンヌラが怒鳴った。どんな言葉も許さない、そんな表情だ。
 ミンミンは涙目になると、素直に謝った。
「ご、ごめんなさい……」
 なんとも珍しい。
「な、なによー!」
「はぁ……。まぁ、今から引っ捕らえて魔王様のところへ連れて行くしかないな。ミンミン、捕まえてきなさい」
「わ、わかったわ」
 トンヌラの言葉に頷き、ミンミンはアルトの方を向いた。
 その前に、マニュアが盾になるべく立ち塞がった。
「ミリア! どきなさい!」
 マニュアは首を横に振って、ミンミンを睨みつける。
「アルトさんに手出しはさせない。それと――」
 短い、間。そして――、
「――みんなも助けてみせる!」
「なにを言ってるのよ! もうあんたの仲間は死んでるのよ!?」
「そうよ! お姉ちゃん、それよりも続きをしましょう!」
 ミンミンとシリアが声を荒げる。
 しかし、マニュアはそれには反応せず、1つ呪法を唱えた。
「シールド アーマー ウォール ダイク シェルター バリアー」
 瞬間、倒れた仲間たちを囲うように光が走っては消えた。
 それは、守護の呪法だった。自分たちの周囲に、しばらく手出しできないよう結界を張ったのだ。
 次にマニュアはアルトの方を振り返った。
「アルトさん、ごめん、後はよろしくね」
「え……?」
 一言だけそう告げると、ゆっくりと瞼を閉じ、先ほどとは違う低いトーンでなにかを唱え始めた。それは、聞いたことのない言葉だった。
 マニュアの体に徐々に光が集まっていく。それは彼女の体をすり抜けると、今度はいくつかの球体へと形を変えた。
「これは、なに……!?」
 シリアが驚いて誰に問うでもなく声を上げた。
「マニュア!?」
 出番のないピュウも声を上げる!
 四天王もざわめいた。これはいったいなんなのか!?
「――まさか。これは、復活の呪法……!?」
 トンヌラが言った。それにみんなが反応する。
「それは、あの――死んだ者を蘇らせるという……!?」
「なんっス、それ」
 トリヤスは驚いたように答えた。しかしキリオミはまったく分かっていない!
 復活の呪法とはなにか。
 ――それは、読んで字の如く。死んだ者を復活させる呪法である。古い呪法で、いつからかこれを使うことは禁忌とされていた。それは倫理的な理由などではない。そもそもこの呪法を使うにはそうとうな覚悟がいるのだ。なぜなら、これはただ他人を蘇らせるだけの呪法ではなく、使う者の命と引き換えに他人を蘇らせる呪法なのだ! 自分の命を賭してまで他人を蘇らせようなどという魔族がなかなかいなかったこと、また、命を扱うという危険性からも禁忌とされた呪法。そうして、それは人々の記憶から徐々に忘れられていくこととなった。古にそのような呪法が存在していたという話を聞いたことはあっても、その文まで知っている者などいなくなっていた。
 そんな呪法をなぜマニュアが知っていたのか。
 マニュアは1度魔王に倒されている。しかし、母に助けられ時を遡って人生をやり直した。
 記憶を持ったまま再びこの人生を歩むこととなったマニュアは、このままでは魔王に勝てないことを自覚していた。だから、少しでも前より強くなれるようにと勉強をした。図書室に篭っては、呪法を独学で調べ、覚えていった。端から端まで、関連する書物を漁った。そこで見つけた1冊の古い本。そこには、古の呪法が多く書かれていた。禁忌とされ、忘れ去られた呪法。その中に、復活の呪法を見つけたのだった。
 ただし、これは簡単に扱えるものではなかった。ただ文を理解し、唱えればいいというものではなく、使う者の気持ち、そして運によってその結果は大きく左右されるのだ。下手をすれば、唱えた者の犬死になんてこともありうるという。
「そんな呪法を扱うなんて……。――じゃあ、あの子……死ぬ気!?」
 ミンミンが声を荒らげた。
 その言葉に我に返るシリア。
「お、お姉ちゃん!」
 マニュアは、呪法唱えながら祈っていた。みんなの笑顔を――。
(――絶対に、絶対にこのまま死なせやしない。みんな……巻き込んで、本当にごめん……。私が巻き込んだから――。でも、私、ちゃんと責任は取るから……。絶対に、蘇らせてみせるから。――私は、もう1度みんなに笑ってほしい。……たとえ、それを私が見られなくなっても――それでも、みんなに生きてほしい。もっと、生きてほしい!)
 マニュアの頬を一筋の涙が伝う。
 そして、次の瞬間、集まっていた光がすべて弾けた。